慰安婦問題の疑問点 それってウソでしょ

当ブログは主に日本のネット上でのウソを検証しているので、世界中(特に韓国や中国、欧米の主要メディア)のウソを検証してはいません。

慰安婦

国連女子差別撤廃委員会見解と人身取引

国連の女子差別撤廃委員会から最終見解が3月7日発表されました。
http://tbinternet.ohchr.org/Treaties/CEDAW/Shared%20Documents/JPN/CEDAW_C_JPN_CO_7-8_21666_E.pdf


cedow


その中で第28項が慰安婦に関する項目で、指摘事項
57項目のひとつに過ぎないのですが、マスコミは他の事項にはほとんど触れていません。

注目すべきは現在も継続して問題となっている「人身取引」(日本では人身売買が慣用的に用いられています)についてです。


27. The Committee recommends that the State party:

(a) Intensify regular labour inspections and other efforts to combat trafficking in persons, particularly women and 
girls recruited under the Industrial Training and Technical Internship Programme;

(b) Intensify monitoring and inspection programmes targeting 
establishments that provide adult entertainment and produce pornographic film, in order to prevent sexual exploitation;

(c) Continue efforts aimed at bilateral, regional and international 
cooperation to prevent trafficking, including by exchanging information with other countries in the region and 
harmonizing legal procedures to prosecute traffickers;

(d) Provide information in the next periodic report on the implementation of reforms envisaged under the Industrial 
Training and Technical Internship Programme; and

(e) Ratify the Protocol to Prevent, Suppress and Punish Trafficking in Persons, Especially Women and Children, 
supplementing the United Nations Convention against Transnational Organised Crime.

27項の(e)の日本語訳(内閣府男女共同参画局)
「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人(特に女性及び児童)の取引を防止し,抑止し及び処罰するための
議定書」の批准を(女子差別撤廃条約)締約国(日本)に要請する。

所謂「人身取引に関する議定書」の批准国は現在166ヶ国以上ですが、日本はいまだ批准していません。


アメリカ国務省が毎年発表している「人身取引」についての日本の評価は
http://japanese.japan.usembassy.gov/j/p/tpj-20150827-01.html
2015年人身売買報告書(日本に関する部分)
主要7か国で唯一、Tier2であり何年も連続してTier1(人身取引について特に問題なし)の評価を得られていません。
先進国 は勿論、台湾も韓国もTier1です。

要するに人身売買については二等国ということです。

それを顕著に表しているのが、杉山外務審議官の委員会での発言。
「なお、「性奴隷」といった表現は事実に反します 」
じゃあどのような事実に反しているのでしょうか?

最終報告の発表前に委員会側から
「『性奴隷』の表現を用いず『慰安婦』の用語に統一する」と伝達されています。しかし用語統一ですから性奴隷を否定したことにはなっていません。
また委員会は以前から「日本軍性奴隷」の呼称は一度も使用していません。 




政府、
杉山外務審議官は慰安婦は前借金で縛られていたという事実を無視しているのでしょうか?
政府がそのような認識ですから、残念ながら二等国からは暫くは抜け出せないでしょう。



テキサス親父は所謂ミッチナ捕虜尋問調書には「借金を返せたら家にだって帰ってたんだぜ!」
(実際には帰れた慰安婦はいないのでウソ)といって性奴隷じゃないと強弁していますが、
https://www.youtube.com/watch?v=rLR1RRjCg6o
しかし借金があっても帰れる事が出来なければ人身売買です。

ローマ規程(日本も批准している)によれば
[29] (人を)性的奴隷状態におくことは、奴隷化することの一形態であり、本人の自己決定権、移動の自由および本人の性的活動に関する事柄に対する決定権の制限を特徴とする。
とあり、自己決定権を制限されていることは明らかです。
借金を返さなければ帰国できない、即ち借金を返せば帰国を許された訳ですが、
帰国の決定権は慰安婦自身に無いという事に外なりません。

テキサス親父はわざわざそれを証明しています。
まあYoutubeの視聴回数 500回※ほどですから、ほとんど影響ありませんが、コメント欄ではよくテキサス親父のリンクを貼る人がいるので敢えて彼の発言を引用しました。

じゃあローマ規定は戦後の規定だから、「現在の尺度でモノを言うべきではない」とウヨは言いますが、(当時の事象を現在の用語で説明するのはよくあることですが)

国際労働機関(ILO)の条約勧告適用専門家委員会は、慰安所での女性たちの状態が1930年の「強制労働条約 第29号」(日本政府は1932年に批准)に違反していると認定しています。
この
(戦前の尺度での)認定を覆す理屈にはなりませんね。

戦前の国際的認識(奴隷条約)でも働きが悪かったらムチで打たれるとか、カネが貰えないからといった理由がなければ「奴隷」ではないといった中世の奴隷のようなことを指してはいません。



またウヨにはこういう主張もあります。

「貧農の娘の身売りは当時よくあったことで、公序良俗の範囲内でした。そういう決め付けは過去に遡って先人を断罪し、、、」

これも「ウソ」です。戦前も娘の身売りは「公序良俗」違反だと日本は国際連合に報告しています。


1925年、当時の政府が国際連盟に対して「前借金契約は無効」と回答していました。

「婦人児童売買問題ニ関スル年報其他諸回答送付ノ件」
四、公娼制度ト婦女売買トノ関係ニ関スル帝国政府ノ意見
の中の一節

公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は無効とす」なる規定なり。本規定は広汎なる意味を包含するものにして人身売買、娼妓の前借金等の契約は右規定に照し全部無効となるべきものにして娼妓が借財の為に廃業を遮られたる事件に於て裁判所は其の廃業を認めて楼主の主張を無効なりと判決せる例あり。
http://www.jacar.go.jp/国立公文書館
レファレンスコード B04122147900

当時でも国際社会に対して、人身売買、娼妓の前借金等は全部無効と表明していたのです。
ところが
陸軍大臣宛「上海派遣軍内陸軍慰安所ニ於ケル酌婦募集ニ関スル件」(1938年1月19日付)では

条  件
一、契約年限     満二ヶ年
一、前借金      五百円ヨリ千円迄
  但シ、前借金ノ内二割ヲ控除シ、身付金及乗込費ニ充当ス
一、年齢       満十六才ヨリ三十才迄 
一、身体壮健ニシテ親権者ノ承諾ヲ要ス。但シ養女籍ニ在ル者ハ実家ノ承諾ナキモ差支ナシ
一、前借金返済方法ハ年限完了ト同時ニ消滅ス
  即チ年期中仮令病気休養スルトモ年期満了ト同時前借金ハ完済ス 一、利息ハ年期中ナシ。途中廃棄ノ場合ハ残金ニ対シ月壱歩
一、違約金ハ一ヶ年内前借金ノ一割
一、年期途中廃棄ノ場合ハ日割計算トス
一、年期満了帰国ノ際ハ、帰還旅費ハ抱主負担トス
一、精算ハ稼高ノ一割ヲ本人所得トシ毎月支給ス
一、年期無事満了ノ場合ハ本人稼高ニ応ジ、応分ノ慰労金ヲ支給ス
一、衣類、寝具食料入浴料医薬費ハ抱主負担トス

と前借金前提の契約書雛形を通知しています。
公序良俗に違反した契約書です。また公序良俗どころか「満16才以上」※1とは当時の国際条約違反どころか国内法の「娼妓取締規則」にも違反しています。

1938年には既に国際連盟を脱退していましたが、それをもって1925年の国際社会に対しての表明は覆せません。

前借金制度そのものが、奴隷性を形成しているという認識が政府、杉山外務審議官には無いのでしょう。


一応人身売買について政府の対応のリンクは貼っておきます。

外務省が発表している「人身取引」につて
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshin/
首相官邸が発表した「人身取引対策に関する取組について」平成27年5月
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/jinsintorihiki/pdf/honbun1.pdf
 




※1
実際は15歳の慰安婦がいたことも公文書で記録されています。
 
seibyou
顕微成績ノ件(梅毒検査結果) 昭和17年5月29日、6月9日 

15歳(2人) 16歳(2人) 

 フィリピン イロイロ患者療養所、医務室(カッコ内は人数)但し民族、国籍は記載されていません。

米国グレンデール市委員会委員のフランク・クインテロは、「14歳の女の子が、日本軍に奉仕するために自発的に韓国の自分の村を出ただって? 冗談も休み休み言って欲しい」と発言しています。いくら戦時中と言えども15歳の少女が自発的な売春婦なんて詭弁は通用しないでしょう。


 追記: 2017年1月現在視聴できなくなっています。

マイケル・ヨン氏に騙されるな その3

「マイケル・ヨン」のGoogle検索でアクセスされる人が非常に多いので、「マイケル・ヨンに騙されるな」の続きをエントリします。


IWG最終報告書の一説

「これらの人々に対して、私は明確に述べておくが、IWGはアジアにおける戦争犯罪についての関連記録の調査において勤勉かつ徹底的であった。IWGはアジア戦域の記録をほとんど発見・発表しなかったが、そのような米国の記録で機密扱いのままの物がほとんど無いためである。

機密でない記録はIWGの管轄ではなかった

日本帝国政府開示法の下で公開された記録が少ないことで生じるかもしれないあらゆる懸念に対処するために、我々は読者に、第二次大戦の日本に関する記録からの収集、発見、報告を採録した発行物を提供する。
米国立公文書館の専門家たちは、第二次大戦の日本の記録についての本当の問題点は、それが数において少数であることではなく、大部分が調査者らに活用されていない状態であることだと証言する。

これらの記録の十全な吟味を促すために、IWGは「Researching Japanese War Crimes: Introductory Essays」を発行した。
http://www.archives.gov/iwg/japanese-war-crimes/introductory-essays.pdf

この冊子で、我々はこの問題に関心のある一般国民が、これらのテーマに関連しかつ学者、ジャーナリストやその他調査者によりまだ充分に活用されないでいる、国立公文書館に存在する過去に機密解除されたあるいは機密指定されていない幅広い文書に触れることを希望する。(後略)」

原文

To these people, I state unequivocally that the IWG was diligent and thorough in its search for relevant records about war crimes in Asia.
The IWG uncovered and released few Asian theatre records because few such U.S. records remained classified.

Unclassified records were not under IWG jurisdiction.


To address any concerns that may arise relating to the dearth of documents released under the JIGDA, we refer readers to publications that document the capture, exploitation, and return of Japanese records from World War II.
NARA archivists attest that the real problem with Japanese documents from World War II is not that they are few in number, but that they are largelyunderused by researchers.
To encourage the full review of these records, the IWG published Researching Japanese War Crimes:

Introductory Essays.With this volume, we hope to expose the interested public to the breadth of previously declassified or unclassified records within the National Archives that bear on these subjects and that remain to be fully exploited by scholars, journalists, and other researchers.
(Prefaceのxii・xiiiページ)


要するに機密であった文書には日本軍記録が少ないことで生じるかもしれないあらゆる懸念に対処するために別レポートを発行するとしています。
そして発行された冊子
Researching Japanese War Crimes: Introductory Essays
の39P~41Pには
From Mass Rape to Military “Comfort Women”との項目があり慰安婦の記述があります。

RJW




マイケル・ヨンはこの冊子について完全に無視しています。

同冊子の41Pには 

The number of women victims remains a subject of disagreement; popular accounts frequently give the figure of 200,000.

Takasaki Shōji, an expert on Korean history and chair of the AWF History Committee, emphasized the distinction between the Korean women’s volunteer corps (teishintai), who were sent to work in factories in Japan, and “comfort women.”
As he noted, these two terms had been confused by many Korean activists and had led to an inflated estimate of the number of Korean “comfort women.”


女性の犠牲者数は20万人説が一般的ですが、確定していないとし、
高崎宗司氏(原文表記Takasaki Shōji)の指摘「多くの韓国の活動家は女子挺身隊と慰安婦を混同して慰安婦数の膨張をもたらした」との記述もあります。

慰安婦数についても一方的な解釈でなく冷静な分析をしています。



「日本軍記録が少ないことで生じるかもしれないあらゆる懸念」とはマイケル・ヨンのような輩が出てくるといったことも念頭にあったのでしょう。
産経新聞は報道機関として当然すべき検証を全くしていませんね。
この内容をどう解釈したのでしょう。






「SAPIO」2016年3月号の相も変わらずカビの生えた記事

日韓合意 「日本が性奴隷を認めた」との認識が海外拡散


http://www.news-postseven.com/archives/20160223_384250.html?PAGE=2

※SAPIO2016年3月号
の記事の紹介

ニュースポストセブンのWEB記事ですが、相変わらず10年ほど前から何ら変わらない理屈には辟易します。


「しかし、改めて指摘するが、慰安婦は戦時下の「公娼」であって「性奴隷」ではない。また、朝鮮半島や台湾では軍など公権力による強制連行は確認されていない。」

確かに朝鮮半島での公権力による(暴力的な)強制連行を示す「公文書」は当然確認されていませんが 、
公権力によって強制され、連行された「証言」は多く記録されています。


また戦時下の「公娼」とはどういう存在を意味するのか?
戦時下という前提に何がしかの意味を含ませているのは何故だろう?


南支派遣憲兵隊憲兵上等兵の著作からの引用


「では彼等慰安婦の稼業状態はどんなものであったろうか。…稼業許可規則も、あいまいなものであった。有夫の婦人と、
十五歳未満以外の女は例外なく許可された。未成年の場合は、親権者の同意書とか、戸籍抄本が必要となっていたが、戦地外地という特殊事情から殆ど省略されていた」鈴木卓四郎「憲兵下士官」
p60・61)1974年
日韓で慰安婦問題が表面化する以前の出版です。

このように「娼妓取締規則」に則らない、国際条約にも違反した慰安婦のことを
SAPIOは戦時下の「公娼」と呼ぶのでしょうか?




慰安婦がみんな「公娼」 だったという確たる「公文書」は確認されていません。
一部の日本人慰安婦の「証言」 や将兵の「証言」しか残されていなのです。

それなのに改めて断定的に
「公娼」であったと言うからには新たな証拠が発見されたのでしょうか。
勿論記事にはそういった類の証明はされていません。
単なる都合のいい思い込み主張であって、各国の記事論調を否定することはできないでしょう。

当時の内地でも違法な徴募を示す「公文書」が残されています。

ましてや朝鮮や台湾においては多くの未成年者が南方の戦地へ移送(海外渡航)されています。
「公娼」なれば21歳以上の女子しか海外渡航できなかった筈です。

当時も日本は国際条約を批准していたから、

(植民地=併合地内での公娼は英国と同じく年齢条件の条約内容を留保していたが)
未成年の海外移送は条約違反です。移送手段は日本の船舶や日本の車両です。
他国の状況はともあれ国際的に非難されて当然です。

そもそも軍は慰安婦の身分や保護を定めた法体系を整備していません。
まさに軍の独断であったのです。
法が存在せずに慰安婦は「合法」といったいった理屈は成立しません。
当時の国内法や国際法に違反していなければ、「当時の法には違反していない」と言えるでしょうが、海外移送された慰安婦が「合法」とは日本語の使い方としては不適切でしょう。
公娼を定めた「娼妓取締規則」は日本(内地)だけの法律です。



 
大多数は自らの意志で働いていた。しかし、そうした事実に触れている記事はほとんどない。」

という自らの意志で働いていた事実があったとしても、大多数だと確認できる証拠は見つかっていません。そりゃ記事として書けないでしょう。

むしろ多くの慰安婦や日本人将兵の証言記録だけでなく、米軍の捕虜尋問調書49号でも703人の
朝鮮人慰安婦はほとんど騙されていたという内容の記述があります。

まあ前借金を受け取った親に「結果的」に売り飛ばされた事を認識した慰安婦が、
自らの意志じゃなくて家族もろとも「騙された」と証言したかも知れないが、リアルな手口が記述されている以上、それらを否定しきれないでしょう。





実際、1944年に米・戦時情報局(OWI)が作成した記録には、「接客拒否の権利も認められ、外出の自由も保障されていた」と記されている。

これなんかは所謂「いいとこ取り」の歪曲であって、「外出の自由も保障されていた」という記述は全くないウソです。
"freedom of going out"なんてどこに書いてあるのでしょう。
外出は"allowed to"として許可制だったことが記されています。


許可制は届出だけでは法的効力が生まれません。仮にすべての申請を許可したとしても、許可という権力行為が必要である以上、当時の法律と大審院判決に違背するものです。ましてや「自由」なんてどう解釈しても出て来る訳がありません。


過去エントリでもそれを指摘しています。
慰安所規定送付ノ件 1942年11月 軍政監部ビサヤ支部イロイロ出張所

では「慰安婦外出の厳重取締」と記されています。



「慰安婦の外出は自由であった」福岡良男「軍医のみた大東亜戦争」p139
との証言もありますが、全慰安所で外出の自由があったとは言えません。

なぜなら多くの「軍慰安所規定」では外出は厳禁とか許可制とか限定地域のみ許可とかの規定が記されています。

また
福岡氏の同著書には

「どうして慰安所で働く気になったのか」
「ニコラスは喫茶店と言いました。一日三度、肉と魚でご飯が食べられ、お金のほかに、洋服がもらえるところと言われました」
と怯えるような態度で重い口を開いた。
「ニコラスが恐いのです。ニコラスは、もし逃げたら憲兵につかまって殺されると言いました」p136
インドネシア人の御用商人ニコラス・タンブブンは慰安所の女性集めもしていた。

「外出の自由」も、どの程度か疑問です。 

「終戦後、IM部隊の慰安所の慰安婦に主計から沢山の軍票と布地が与えられたが、出身地には帰れぬ女性が多く、哀れであった」p176

との記述もあります。
(日本軍兵士や軍属は敗戦により軍票はただの紙切れと認識していました)





SAPIOはまた「1944年の戦時情報局の記録では・・」と言う(慰安所経営者と思われる)証言(主語がないのであやふやな記述)を基に「慰安婦は将校より高収入であり・・」としていますが、後の1945年のATIS米軍調査記録120号ではミッチナの「慰安所経営者の証言」と明記して「慰安婦は月売り上げが最高1500円、最低300円、最低150円を経営者に支払らわねばならない規則だった」との証言が記録されています。

即ちどちらが信憑性があるかといえば当然主語(キタムラ)のはっきりしている後者の方でしょう。

150円を最低払わなくてはならなかった規則は、慰安婦がいくら体調が優れなくても勿論病気であっても最低月100人の兵を相手にしなければ手取0どころか借金になるという事です。
しかも天引きの諸経費を考えると、最低その倍の「仕事」をしなければなりません。
「性奴隷」ではないとなれば、その規則をどう説明するのでしょう。


しかも1944年の調書には「慰安婦は生活に困窮した」とも書かれてあります。



また記事は「毎日40人の日本兵を相手にさせられた」という元慰安婦チョン・オクスンさんの証言を否定していますが、

慰安婦は将校より高収入であり・・」というなら実際に慰安婦の手元に入ったか別にして月1000円を得ようとするならば、慰安婦は売り上げの約半分が荒取り分という規定を基に計算すれば、月2000円÷1.5円≒1330人以上、即ち毎日休みなしに44人以上の兵を相手にしなければならず、証言の否定はできません。
下士官や僅かな将校を相手にして多少売り上げが上がったところで、生理休みを考えれば大きく違いません。

SAPIOが指摘した「1944年の戦時情報局の記録」には
「ミッチナでは、丸山大佐は料金を値切って相場の半分近くまで引き下げた」という記述もあります。
同記録にある1500円を売り上げるには(同記録記載料金、兵1.5円
を基に計算すると)1500÷30÷0.75(規定の半額)=66人/日となります。
つまり料金の高い何人かの下士官も相手にしたところで、間違いなく40人以上という試算になります。


記事の主張は明らかに矛盾しています。



本質的には計算上の理屈でなくて実際に慰安婦が「高額を得ていたか」が重要ですが、「アメリカ戦時情報局心理作戦班日本人捕虜尋問報告 第49号」の一節を都合よく解釈しているに過ぎず、記事が主張する確たるエビデンスは全くありません。








 

2007年に「強制連行がなかった」とする第一次安倍内閣の声明に反証をしているアメリカの報告書

以前紹介した
Japanese Military's "Comfort Women" System
  (2007) 
by Larry Niksch

の一節には

"A reference to the recruiting of comfort women in Korea by an American missionary in Korea, Horace H. Underwood, in a report to the U.S. Government after his repatriation by Japan in August 1942. (The report is in the U.S. National Archives.)"page 7

朝鮮にいたアメリカ人の伝道師 Horace H. Underwood が1942年8月に日本によって送還された後にアメリカ政府に対して朝鮮における慰安婦の採用について報告した。(この報告書はアメリカ国立公文書館にある。)


The U.S. Office of War Information also published a report from Horace H. Underwood, an American missionary in Korea up to the Japanese attack on Pearl Harbor on December 7, 1941. He described the Japanese "procuring of a variety of methods of large numbers of Korean girls, to be shipped to Manchurian and Chinese brothels" and this was "a fertile cause of hate" among Koreans. 31) Recruiters also used an apparent combination of inducements and intimidation aimed at the families of young girls that were significantly in debt to Japanese-sanctioned financial institutions.

の記述があります。

 日本政府により認可されている金融機関が、どの(若い女性のいる)朝鮮人家族が借金を抱えているかを報告させられているということを米国人の宣教師が米国政府に伝えたので、この宣教師は国外退去させられました。 


一般の慰安婦徴集に係わった業者(r
ecruiters)が金融機関から情報を簡単に入手できたとは思えない。行政機関の命令があったと見るのが普通で、それでなければアメリカ人伝道師が国外退去になる訳がないでしょう。

当時から脅迫を伴う勧誘が知られていたのに、官が業者に便宜を図ったということです。


原文
https://en.wikisource.org/wiki/Japanese_Military%27s_%22Comfort_Women%22_System

全文訳は
honyakushaさんのページを参照
http://d.hatena.ne.jp/honyakusha/200704



政府は2月15日からジュネーブで開かれる国連女子差別撤廃委員会の第63回会合で、慰安婦問題について「日本政府が発見した資料の中には軍や官憲による いわゆる『強制連行』は確認できなかった」と報告する。同委員会が政府から提出された報告書を30日までにホームページで公表した。同委員会で政府が慰安婦の強制連行説を否定するのは初めて。慰安婦問題について誤った認識の拡散に利用された国連で、正しい情報を発信しようとする政府の取り組みといえる。以下略(産経新聞)

また「ぶり返し」です。2007年となんら変わっていません。
正しい情報ならアメリカ議会に報告されたこのレポートを無視して国際社会が納得するでしょうか?
 

戦前も売春は合法でなかった証拠

桜田義孝発言「従軍慰安婦の問題が出るが、日本で売春防止法ができたのは昭和三十年代だ。それまでは職業としての売春婦だった。」という発言は批判を浴びて撤回したものの、相変わらずその認識は一部で蔓延っています。
桜田以前にも稲田朋美(一応訴訟法だけは知っている弁護士)も同様な発言をしていますし、ネット上では相変わらず慰安婦=売春婦(合法)という単純論法が蔓延しています。


しかし「娼妓取締規則」に則らない売春は当時でも非合法。
売春防止法ができて廃止されたのは、所謂公娼制度であって、それまでも公娼以外の売春が合法であったこと言う事ではありません。

勿論当時の警察も売春は取り締まっていました。


淫バイ
密売淫とは公娼でない非合法の売春の事です。芸妓の売春でも合法じゃなかったのです。

ウヨは
「現在の価値観で、過去を断罪するな」とよく言うが
まず桜田は「売春婦」として現在の価値観を持ち出しています。
即ち現在の自由売春と慰安婦の管理強制売春とを同一視することによって、批判を避けようとする単純なすり替えです。


戦前もほとんどの国(*1)で売春は禁止されていますが、売春や売春施設があったのは事実ですし現在もそうです。日本の場合、今でも売春施設といっていい店も存在します。

麻薬も同じで各国は禁止していますが、裏ではいくらでも手に入ります。 だからと言って「職業としての売春婦だった」ということならば麻薬や覚せい剤の密売という裏稼業も立派な職業という事になる。
桜田は覚せい剤取締法違反の人間を「この人の職業は違法薬物の販売員です」と言っているに等しいバカです。 

職業に貴賎はないと言うのは現代において当然の認識ですが、(敢えて言うなら当時の価値観では売春婦とは言わず公式文書でも差別的な「
醜業婦」と呼称していた)非合法な稼業まで職業と言ってしまう感覚には呆れてしまいます。
慰安婦は己の自由意志で身をやつしたか否かという以前の問題じゃないですか。




jokyu
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hss/book/pdf/no103_05.pdf
より引用


表2の「女給数」の表は当時の風俗関係従事者の人数が記載されていますが、そのうち「女給」は現在の所謂クラブやラウンジホステスのようなもので、店によっては過激な性サービスをするところもあったようです。
またチップをより多く得るために枕営業もあったということですが、女給の場合は契約に縛られることなく、店の転籍も比較的自由だったこともあり、女給による自由売春は頻繁に行なわれていたようです。

しかし店ぐるみの売春の場合は摘発対象となり
表1の記載「飲食店」の多くはそういう店です。

参考資料 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hss/book/pdf/no93_08.pdf



借金返済まで
廃業の自由のない「慰安所規定」は大審院判例や当時の国際条約にも違反する違法な規定でした。当時の女給待遇とはまったく異なります。

また慰安婦がすべて合法な娼妓であったという事実は全く存在しません。多くの証言や警察資料、外務省資料からも正規の手続きを踏んでいない事例が多く判明しています。
朝鮮や台湾に至っては手続きの有無は勿論、未成年女子の国外移送一つとってみても違法です。





(*1)「婦人及児童ノ売買禁止ニ関スル国際条約」に日本は1925年12月に批准。

当時の加盟国はアルバニア、オーストリア、オーストラリア、カナダ、チリ、中華民国、コロンビア、コスタリカ、キューバ、エストニア、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、インド、イタリア、日本、ラトビア、リトアニア、ノルウェー、オランダ、ペルシャ帝国、ポーランド及びダンツィチ、ポルトガル、ルーマニア、シャム、スペイン、スウェーデン。 
イギリスやスペインは植民地、オーストラリアやニュージーランドは委任統治を除外。

 

今でもネットで蔓延る「捏造慰安婦」とする3点セットのデマ

いつまでたってもネット上のウソは蔓延るものですね。

sakurai


元慰安婦の証言にある「クリスマスはいそがしかった」

実際の証言は黄錦周さんの
「三年目からは慰安所で下の兵卒の相手さ。あとは年々下がっていく。多い日で十五人ぐらい。クリスマスは二十人近かったね。カネは一度ももらってないさ。」という証言
「元従軍慰安婦 黄錦周の世界 2」朝日新聞(夕刊)、1995年7月25日

というのに対し



戦後まで日本ではクリスマスを祝う習慣がなかった。
という否定論

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戦前というより明治時代から「クリスマスケーキ」は売られていました。 「不二家」が明治43年に売り出しています。
また当時クリスマスツリーもありました。
明治時代には「クリスマス文化に重要な要素」は出揃っていたようです。

事実私の祖父は実家が森永系の喫茶店を営んでおり、「子供の頃からクリスマスケーキは毎年食べていた」 と言っていました。(空襲で店は焼けてなくなりました)


森永の創業者森永太一郎(安倍首相夫人の昭恵氏の曽祖父)はクリスチャンでした。

また祖父は「サンドイッチも弁当にしていた」 というのですが、昭和30年頃でも都会から離れた所ではマヨネーズは売っていなかったそうです。(キューピーマヨネーズ発売1925年)
要するに田舎の人間が当時を知らずに妄想だけで広げた話ですよ。

また伊藤博文を暗殺した安重根がクリスチャンだったことは有名ですが、当時の朝鮮でもキリスト教は広まっていたので、元慰安婦が12月25日がクリスマスだったという認識があっても何ら不思議じゃありません。

証言にはない 「クリスマス・パーティを楽しんだ」なんて書いて否定しているウヨブログもあります。 妄想もここまでくれば悪意を感じます。

休日ニ関スル件(昭和2年勅令第25号)で休日が定められるにいたって大正天皇祭(12月25日)が加えられました。
それで12月25日が休日となっていた昭和2年(1927)から昭和22年(1947)までの21年間で日本にクリスマスの習慣が広く普及・定着したとされているのです。

その背景は大正天皇は病弱であって、その時代の摂政であった昭和天皇の絶対権威を高めるためにも大正デモクラシーを彷彿させないように、あえて大正天皇祭をクリスマスとして祝うことを政府・軍部は否定しなかったのです。むしろ積極的だったとも考えられます。

当然軍隊でも休日だったと考えられ、息抜きをしたい兵がどっと押し寄せた可能性も高いのです。

朝鮮人だった慰安婦は12月25日の休日が大正天皇崩御だった日というよりも、クリスマス休日と認識し証言したのも容易に理解できます。

フィリピン戦線では敵と合意のクリスマス休戦が1日だけあったという証言が残っています。

いずれにせよ、 「当時日本ではクリスマスを祝う習慣がなかった」というのはウソです

※12/25修正
 






元慰安婦が「ジープ」に乗ったと証言している。当時日本にはジープはない!

慰安婦が連れて行かれた当時になされた証言ではありません。
戦後随分たってからの証言ということを考慮しなければなりません。
鄭陳桃さん(台湾人元慰安婦)2013年
http://japan.cna.com.tw/news/asoc/201307070001.aspx

当時朝鮮・台湾でも頻繁に車を見る機会なんて都市中心部だけでしょう。また国産車も少なくアメリカの輸入車が多かった。

戦後アメリカ軍は大量のジープGeepを進駐先に投入しました。日本だけでなく韓国・台湾にもです。
今まで軍用車両を見る機会がなかった人々は小型軍用車両を全てジープと呼称しても当然といえば当然。ましてや車種に疎い高齢女性なら尚更です。

もう亡くなりましたが私の親戚の婆さんなんて自衛隊のトラックでさえジープと呼んでいました。

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当時日本の小型軍用車は「くろがね四起」と呼ばれた「95式小型乗用車」ですが、ほとんどが戦地に送られたので民間人が見る機会は当然少なく、ましてや正式名称なんて軍の関係者以外知らなかった筈です。

製品名称が一般名称になった例は多々あります。「ホチキス」なんて代表例でしょう。
現在のダイハツやマツダが製造してもオート三輪を総称して「くろがね」と言われたこともありました。
高齢者が軍用車両を何気なく「ジープ」と呼んでも、不自然ではありません。



そして極め付きは

「ヘリコプター基地に連れて行かれた」さらには「ヘリコプターに乗った」という証言です。

これは「クリスマス」と「ジープ」を絡めて朝鮮人元慰安婦を朝鮮戦争時の「洋公主(ヤンコンジュ)」にすり替えようと企てたデマであるのは明らかでしょう。

ネトウヨがたむろするヤフー知恵袋で「ヘリコプターに乗った慰安婦」は誰か?
といった質問を何回もしていますが誰一人答えていません。

いや答えられないのです。

http://daisukinipponfrance.over-blog.com/2014/01/%E6%B1%82%E3%82%80...
証言した慰安婦名、場所・日時、聞き取りし発表した人物ないしメディア名とその記録、または証言テープ類の存在が明らかにされていません。

証言としての確かな記録さえないのに、日ごろ「証言」は証拠にならないと言うウヨが、ヤンコンジュだった「証拠」という身勝手な自己矛盾を起こしていますね。

但し東チモール(当時ポルトガル領)での日本軍慰安婦としての被害者
リム・ファ・ニエさんは「アイリウは軍事拠点でアイリウの兵営にはヘリコプター、タンクその他様々な兵器・機器が置かれており・・・」と証言しています(2001年3月27日談)
http://www.asahi-net.or.jp/~ak4a-mtn/news/quarterly/number3/sexslavery3.html


そして以上3点セットが捏造根拠に危ういとなると、

年齢詐称と、慰安婦でなく従軍看護婦だったという別の捏造説が出てきます。

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1947年9月に作成された「第16軍司令部同直轄部隊朝鮮人留守名簿第4課南方班」の名簿に元慰安婦の金福童さんの証言どおり記載されていたとする(朝鮮日報 2005/01/11)資料

に関して14歳で慰安婦とされ8年間慰安婦だったら22歳のはずだが名簿の年齢が違うという疑義。

年齢の違いは戦前の日本・朝鮮はいわゆる「数え年」だったのに、軍の記録は「満年齢」記載ということを理解すれば簡単に説明できる。
「数え年」を知らない世代は簡単に右翼の歪曲に騙されているようだ。

また金福童さんが何故看護婦として記録されたのかは、河野談話以降に林博史教授(現代史)が英国立公文書館で発見した日本軍の命令暗号電文を解読したイギリス軍の文書でその理由がわかります。

 
http://www.geocities.jp/hhhirofumi/books32.htm

8月20日、第八通信隊から民政部の全責任者あて
 一、全地区の日本女性を地方病院(第一〇二病院または民政部病院)に看護婦の資格で割り当てよ。(この電文は完全に理解後、焼却せよ)

「全地区の日本女性」とは全地区とは日本軍作戦下の地区のことであり、日本女性とは日本人女性と言っていないので、朝鮮人・台湾人も含まれます。また作戦地域には一般女性がいる訳でもなく、ほとんどが慰安婦と見て間違いないでしょう。 

これは連合軍から慰安婦を隠蔽するための命令だと考えられます。 


またその命令電文はとりもなおさず、慰安婦が軍による所有物とされていた証でもあり、奴隷状態(自己決定権の喪失)であった証拠にもなる資料です。

さらにもうひとつの洋公主ネタとして憲兵の腕章があります。
写真は当時の日本国内の憲兵の腕章です。

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憲兵腕章にも幾つもバリエーションが存在し、当時中国に列強の租界が存在したので憲兵と同意語の『MP』(ミリタリーポリス)の文字が合わせて印字された物、インドシナなど旧仏植民地圏、仏語圏にはフランス語が合わせて印字された物、また印字ではなく手書きで施された物など様々な腕章が存在します。


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陳慶彭さんの証言 ”
ソウル新聞”2012-08-29
http://www.seoul.co.kr/news/newsView.php?id=20120830500007&spage=1

原文
작은 군용차를 타고 빨간 완장을 찬 일본 헌병 4명이 나타났다. 
「小さい軍用車に乗って赤い腕章をはめた日本憲兵4人が現れた」(1939年当時15歳)
(翻訳はgoogleの機械翻訳です。빨간 완장=赤い腕章 )

盧清子さんの証言 ”破られた沈黙 アジアの「従軍慰安婦」たち”(P32~36)1993.7
「赤い文字で憲兵と書かれた腕章をしていました」

朴玉善さんの証言 ”証言 未来への記憶 アジア「慰安婦」証言集Ⅰ”(P.143~144)2006.6
「二人とも腕に腕章をはめた日本人の男でした」

さすがに何十年も前の記憶ですから、証言のあやふやなところもありますが、共通しているのは腕章をはめていることです。

ところが慰安婦否定派は 「赤い腕章をはめた日本憲兵」という陳慶彭さんの証言を朝鮮戦争時の事であると主張しています。
しかもわざわざ「真っ赤な腕章」と意訳までしています。

証言内容にあやふやな部分があるのは何十年も前の話ですから当然ですが、いくらなんでも15歳の頃の記憶と1950年朝鮮戦争時の26歳の記憶とを間違うとは考えられません。


正確に当時の腕章を表現するなら「白地に赤で憲兵と書かれた腕章」ですが、赤い文字の印象が強ければ「赤の腕章」と言ってもさほど不自然とは思えません。



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不自然といえば慰安婦否定派のブログに掲載されている上記写真の「韓国軍MPの腕章」の方です。

限りなくウソくさい。
まず1950年当時の韓国で刺繍が施された腕章なんてちょっと考えられません。
将軍の腕章ならわからなくもないのですが、、、
またいくら探しても韓国のWEBページでは当該写真は全く見当たりません。
しかも大きくMPとワッペンが貼ってある。これも不自然です。

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朝鮮戦争当時の写真ですが、
http://bemil.chosun.com/nbrd/bbs/view.html?b_bbs_id=10044&num=132655
MPの標記はなく헌병と書かれてあります。


結論を言えば慰安婦否定派ブログの物は後にマニアがコスプレ用に作ったか、映画の衣装小物として製作されたもの、或いは悪質なでっちあげ用に作った物と断定しても間違いないでしょう。

米軍も認めた慰安婦は日本軍所属で民間人ではないという事

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所謂「ミッチナ捕虜尋問調書」では慰安婦を米軍の視点でどう捉えられていたかがわかります。
秦郁彦氏やテキサス親父がよく引用する以下の一節です。

 A "comfort girl" is nothing more than a prostitute or "professional camp follower"attached to the Japanese Army for the benefit of the soldiers. The word "comfort girl" is peculiar to the Japanese. Other reports show the "comfort girls" have been found wherever it was necessary for the Japanese Army to fight. 

この文章の最初の部分を抜き出して「慰安婦とは日本軍所属のプロの売春婦だと米軍の公式文書は説明している」 と秦郁彦氏が主張しているのは以前にも紹介しました。
テキサス親父のHP翻訳は
「追軍売春婦」だとし、attached to the Japanese Army for the benefit of the soldiersの部分をほとんど考慮していません。
テキサス親父の翻訳に至っては完全にトリミングによる歪曲です。

まあ色々な解釈はできるとしても、慰安婦が単なる軍隊を追いかけて来た民間人でないことは、
attached to the Japanese Armyで表現されています。

文章の一部を切り取って都合よく解釈し主張するのは右派の常套手段です。
しかし右派の自称歴史家や相変わらずそれを拡散させる無教養なネトウヨもこの調書を引用をする場合には絶対に認識しなければならない事があります。

慰安婦をいくら売春婦と言おうと民間人とは米軍が言っていないことです。 

彼女らを捕虜として尋問し、公式に記録文書として残した訳ですから、即ち捕虜としての扱いをしたわけです。
捕虜とするには戦闘員と同列であると見做し、戦闘員ではないが軍を構成する一員だとしているのです。
ハーグ陸戦条約では民間人は捕虜として扱えません。
Military Policeが民間人を拘束し、尋問する事があったとしても、捕虜尋問調書と記録に残すことはあり得ません。
米軍は慰安婦は民間人では無いとはっきり証明しているのです。


慰安婦や雇い主を軍の構成員としているのですから、彼らが営業する慰安所も当然軍の関連施設であり、「軍の関与」という以上の認識が米軍にあったいうことに外なりません。
そしてミッチナ以外でも日本軍の戦闘場所ではどこにでも慰安婦がいたということも書かれてあります。
要はミッチナだけの特殊事例ではないということです。

島田洋一氏をはじめ
右派はこの調書を重視する滑稽さに早く気づくべきです。


 
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