慰安婦問題の疑問点 それってウソでしょ

当ブログは主に日本のネット上でのウソを検証しているので、世界中(特に韓国や中国、欧米の主要メディア)のウソを検証してはいません。

小林よしのり

TBS報道特集 中曽根康弘元首相の沈黙を暴く

TBS報道特集2015年7/25について




まあネトウヨはまともな書き込みは当然できず、
「強姦したのはチョン」「韓国もベトナムで・・」「TBSは売国奴」「証言はウソ」「オランダ人の捏造ドラマ」といった調子で相変わらず真実を拒絶しています。

まだ小林よしのり氏のブログ発言の方が番組に批判的であってもまともです。
「今回の番組は知的誠実さに欠けていたと言えよう」と結論付けていますが、

「募集広告で自発的に慰安婦になった娘ばかりではないようだ」
「吉田清治の人さらい的「強制連行」にこだわりすぎて、このような戦時性暴力が見えてなかった」
「中曽根康弘が慰安所を作った理由は、日本兵が現地の女性を強姦しまくっていたかららしい」
という素直な認識をもとに
「同じ日本人として恥ずかしく思った」と感情を述べている。
今まで自分の気持ちいいウヨネタだけを漫画にしてきただけで、どれだけ真実を知ろうと努力してこなかったかが分かる発言ですね。


しかし「被害者の女性をサポートしているのがオランダ人の女性だということだ」
という前提で、しかも番組に出てくるオランダ人ジャーナリストは日本軍の戦争犯罪という言葉は出したものの、蛮行をことさら非難しているシーンは出てこないのですが、
「軍が統治する前、インドネシアはオランダに350年間も植民地にされていたということを! 」
「オランダ人はインドネシアのことで、日本人を批判できる立場にはない!」
と強い調子で主張しています。インドネシア在住歴の長いジャーナリストがオランダ人であっただけで、オランダ政府関係者でもありませんよ。
しかも番組の趣旨とは全く関係ないでしょう。

すぐ他国を例に出して非難をかわそうと企て、自らの歴史問題を誠実に見ようとしない右派の理屈丸出しです。


では被害の当事者であったインドネシア人は日本統治時代をどう捉えているのでしょうか?

「日本によって占領された他の地域と同様に、インドネシアはその国民が極めて苦しめられた国であったと言えよう。日本民族による残虐行為は西欧民族が犯した残虐行為を超えていた。」
原文:Kekejaman oleh bangsa Jepang melebihi kekejaman yang dilakukan oleh bangsa Barat.

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インドネシア歴史教科書 高校3年生向け

また「インドネシア史上最悪の時代であった」としています。同国の独立に寄与した日本人として右派が持ち出す海軍提督前田精(マエダ タダシ)少将についての記述も全くありません。
右派がいう「大東亜戦争アジア解放論」には全く与していないのは明らかです。

米国の調査機関によると、日本の戦時中の行為に対する謝罪には不満足だとする国民感情は、中韓についでフィリピン、インドネシアが続いています。(2013/7/11)

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インドネシアでのアンケート結果だと、No(十分に謝罪していない)が40%。Yes(十分に謝罪した)29%及びNo apology necessary(謝罪は不要)6%の合計35%を上回ります。DK(don't know 知らない)は25%。

同調査ではインドネシアの79%の人が日本に好意的というアンケート結果がありますが、謝罪についてあいまいにしている日本の態度については批判的です。

オランダ政府は2005/8/16、インドネシアにたいする植民地支配と軍事攻撃について深い遺憾の意を公式に表明しました。
「オランダの行動によってあなたがたの多くの人々が犠牲となった。私はここにオランダ政府を代表して、こうした苦しみに対して深い遺憾の意を表明します」
オランダのベン・ボット外相が、ジャカルタのインドネシア外務省を訪れて声明を読み上げました。(米国・日本・オーストラリア・シンガポールの各在インドネシア大使も同席しています)


小林よしのり氏のように日本がオランダのことを持ち出すのは恥ずかしいじゃありませんか?


私は他国から断罪されるよりも、まず我々日本人自身で事実を検証し、罪は罪として、反省すべきは反省すべきであり、謝罪を躊躇わず、その為にはより多くの歴史の発掘の努力を怠ってはならないと思います。
ドイツはニュルンベルグ裁判を認めないのですが、日本右翼の東京裁判の否定論とは違い、ドイツは自らの手で戦争犯罪を暴き、独自にそれを裁いています。

ましてやウソや事実を隠蔽するといった卑怯なやり方で愛国者ヅラするのは、誇りある日本人とは到底言えません。
番組では中曽根康弘元首相が戦時中に慰安所設置に関かわったという場面もありました。そこには限りなくウソに近いと思われる中曽根氏の発言の指摘がありました。


中曽根康弘氏は「終わりなき海軍」1978年で
「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。・・・・」 
と自慢話のごとく記しました。


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しかし番組では次の発言シーンが出てきます。
「事実と違う。海軍の工員の休憩と娯楽の施設をつくってほしいということだったので作ってやった」
と2007年日本外国特派員協会での記者会見で弁明しています。


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ところが同書の編者である松浦敬紀氏はその10年ほど前、「フライデー」の取材に「中曽根さん本人が原稿を2本書いてきて、どちらかを採用してくれと送ってきた」「本にする段階で本人もゲラのチェックをしている」と明言しています。

さらに記者会見での発言が事実ではなかったのが、公文書で発見されます。

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主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設氣持の緩和に非常に効果ありたり」



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主計長 中曽根康弘の記述

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以上「海軍航空基地第2設営班資料」
 防衛研究所 戦史研究センター所蔵


以前から知られていた事実なのですが、今までマスコミで取り上げられることがなかったのに、今回TV番組で報じられたことは評価に値すると思います。

中曽根氏は沈黙を通し、中曽根康弘事務所は「記者会見」での内容はそれ以上でもそれ以下でもないと、証拠(公文書)を突きつけられても慰安所を作ったことを認めていません。
多くの建物のうちの1棟に碁盤や将棋盤を用意するだけならなにも「苦労」することなんてありませんし、自慢話にすらなりません。正直に実態を語ってこそ責任ある立場であった人間の為すべきことではないでしょうか。
首相であった人間がこうした不誠実な態度を取り続けるのは日本の名誉と信頼を損ねていると思います。

自民党には「日本の名誉と信頼を回復するため」中曽根康弘氏へ記者会見での発言を撤回・修正するように提言していただきたいものです。
 

慰安婦は20万人いたのだろうか? 兵士の給料から逆算する

慰安婦総数は果たしてどれ位だったのだろうか?
「20万人はデタラメだ」というネトウヨはそれを自身で検証したのでしょうか?
私なりに考えてみました。

慰安婦制度が確立した1938年からの8年間を前提とします。
海外派遣兵を年平均200万人とします。(沖縄にも慰安所があったのですが今回は除外します)

内地の公娼の場合1~2年契約とされていたようですが、中国人・朝鮮人にはそれがきちんと守られていたか疑問ですし、交代補充が円滑に行われていたようにも思えないので長い年数を仮定しました。右派が主張するように「慰安婦は借金をすぐに完済できて、立派な家も建てた」というウソをそのまま信用すれば交代率は5以上になりますが、ここでは冷静に2.5年で廃業したとしておきましょう。 

ウソの例「日本人女性からも応募が殺到したのも事実である。慰安婦は当時の大卒者の10倍近い高給取りで、故郷に家が建った。」小林よしのり氏 

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この漫画にあるように確かに兵隊は1回ごとに料金を払っていましたが、「当時の月給の3分の1くらいの高額だ」は明らかに歪曲で、(漢口での全軍の兵士の金銭出納帖を調べたという)小野田元少尉は平均「月に月給の3分の1」を慰安所に支払っていたと証言しています。
また小野田氏は兵隊は料金は1円50銭だったとしています。

要するに兵隊は複数回利用し、その金額が3分の1ということです。

漫画では「高額だ」と言い、いかにも慰安所の料金が高いと思わせる歪曲です。


慰安婦の収入が一般兵士の100倍ということは、小野田元少尉によると兵の給料平均13円ということなので、1300円を得ていた事になります。


下記の公文書に記戴されている慰安所料金を元に計算してみましょう。

慰安婦が手元に1300円を得ようとすれば、最低その倍は売り上げねばなりません。
2600円÷1.5円≒1733、即ち月1700人以上の兵を相手にしたことになります。1日56人以上!多い日の人数ならいざ知らず、毎日ですよ!休憩すらおぼつきませんし、天引きされる経費を勘案すれば一月30日では到底足りません。
実際には家を建てた慰安婦なんていなかったでしょう。もしその証拠でもあるならどなたでも結構ですからご教示願いたいものです。


そして応募が殺到したというのですから、国内で慰安婦を一般募集したのですか?殺到した事実ってなにを根拠に言ってるのでしょう?

慰安所があるなんて当時一般国民には知らされていなかったはずです。もし当然のように公表していたら銃後のご夫人方が納得しないと言うことぐらい当然軍中枢もわかっていたのです。
いくら当時女性の地位が低かったとしても、戦地に赴く夫や息子や兄が慰安所通いをするのを当然だと考えていたのでしょうか?
当時の秋田県知事でさえ皇軍が慰安婦を必要としたことを知り、「俄かに信じがたい」と公電を発しています。

皇軍兵士は規律正しく正義に身を捧げる勇士だというのに、女通いができると発覚すれば、銃後の人心に示しがつきませんよ。



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注 小林よしのり氏のマンガではありません



実際それを証明する公文書が残っています。
 
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通牒書 警保局長 「南支方面渡航婦女ノ取扱ニ関スル件」 昭和13年11月8日 

「婦女を密かに募集すること」とあり、国内では慰安婦の募集は秘密裏に行うよう指示が出されています。

国内では慰安婦をおおっぴらに募集できなかったので、慰安婦の仕事内容を隠した就業詐欺の例も多くみられます。
虚偽説明の多くは兵士の世話であり看護婦の資格が取れるとかというだけでなく、事務員という全くウソの募集もありました。

東京市飯田町職業安定所では「女性事務員」、最高60円、最低40円の募集に1,200人が応募し、32名が採用されましたが、彼女らは事務員ではなく慰安婦にさせられた」
週刊大衆1970年8月20日号

虚偽の慰安婦募集には日本人女性も殺到したというのであって、小林よしのりは悪質な手口を伏せ、醜悪なデマにすり変えています。






また以前も書きましたが、「日本女性からも応募が殺到した」なら、何故朝鮮人慰安婦が必要だったのでしょう?
日本兵は朝鮮人が好みだったのですか?※1


まあ話しは少しそれましたが、本題に戻ることにしましょう。

兵が1年間で利用する回数は平均25回程度と推算します。
これは一般兵が慰安所に使える金額が兵の給料の3分の1、月3~4円 という小野田元少尉の証言から導き出した回数です。
月2回程度とかなり控えめな数字と考えますが、とりあえずこの数字で試算します。

平均200万人の海外派遣兵の延べ利用回数は1年で5000万回となり、慰安婦が年350日 働いたとすると以下の数字がでてきます。


年慰安婦数3万人 1日の対応人数      4.76人    慰安婦総数9.6万人
年慰安婦数2万人 1日          7.14人   慰安婦総数6.4万人
年慰安婦数1万人 1日           14.28人   慰安婦総数3.2万人


従事した年数を2年半としましたが、その間に死亡も含め病気などの理由で廃業した人(損耗率)も考慮すると、もっと交代率が上がるかと思います。 

陸軍の慰安婦300人以上を対象とした調査では平均稼業日数は月に27日とあるので、慰安婦総数は1.08倍増えます。

帰国後再度慰安婦 になった人はほぼいないと考えられるので交代率には考慮しません。
(2度もだまされて慰安婦をさせられたという文玉珠さんの場合は例外でしょう)

戦闘が激化するに従い、明日無き日々を送った兵は有り金全部つぎ込んだという話があります。
ごく普通に理解できます。昭和18年以降は慰安所の利用率も高かったでしょう。 

中国においては支那人は1円という慰安所規定も残っています。そうすると更に利用率が上がります。 
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これは慰安所のいわば割引券です。証言によると1.5円の料金が1円に割り引かれたそうです。
褒美として貰えたのでしょう。




実際、慰安所は上海事変1932年以降設けられましたが、初期の頃は私娼窟を準慰安所として利用していたこともあり、軍関与の慰安婦との境目は判別つきにくいので、試算には8年間の前提をしたのですが、実際は慰安婦が存在したのは13年間です。
上記慰安婦総数の試算は支那派遣軍60~100万人の兵が慰安所を1938年以前の5年間利用したことを考慮していません。試算に1~2万人は加算しなければなりません。

慰安所を利用できた軍属も計算に含めなかったので、それを考慮すると試算した人数よりも多い人数にはなります。

慰安婦の移送の日数は考慮に入れてないので、それを勘案すると1日の対応人数は若干上がると考えられますが誤差のうちでしょう。



以上試算はかなり低く見積もってのものです。
個人的には7~10万人程度ではなかったかと考えます。

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常州駐屯間内務規定 1938年3月

他地域でも兵1円の規定もあります。
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慰安所に関スル規定 獨立守備歩兵第35大隊 1942年6月



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慰安所規定送付ノ件 1942年11月 軍政監部ビサヤ支部イロイロ出張所







外国特派員協会記者会見 2015/3/17 での秦郁彦氏の主張は
「20万人の慰安婦が毎日20人から30人の兵士たちに性サービスをしたと書いてあるんですが、当時海外に展開した日本軍の兵力は約100万人です。教科書に従えば、接客は1日5回という統計になりますから、20万人が5回サービスすると100万になりますので、兵士たちは戦闘する暇がない。毎日慰安所に通わなければ計算が合わなくなるわけですね(会場から笑い)。そういう誇大な数字が教科書に出されているということです。 」

20万人が一度も欠勤せず8年間働き続けたというムチャな論法になっています。性病その他の病で廃業した人数も考慮せず、交代・補充を含む合計人数という前提がありません。およそ学者というには程遠い主張です。
また度々指摘していますが「・・日本軍の兵力は約100万人です。」とでたらめな人数を言うのもおかしいじゃありませんか?
そんなウソや歪曲した理屈をコネないと、20万人説を否定出来ないと言うことでしょうか?

でも右派のウソを真に受けて計算すると1日5人対応(秦郁彦説)立派な家を建てたほど高給だったので交代率5とすると総数21.3万人の慰安婦が必要となります。皮肉な数字になりますね。それも強姦を防ぐ人道的制度の効果は最低でも兵が月3回程度利用しないとダメだと思いますので、それも考慮すると30万人を超えます。まるでどこかの高校教科書に書かれてある数字以上じゃないですか 笑  
但し海外派遣兵は別記事に詳細を記していますが日本政府統計により100万人は100%否定できますので採用しません。




20万人説は劣悪環境で慰安婦の使い捨てが横行し、更に兵が給料のほとんどを慰安所に使ったなら考えることもできますが、慰安婦数がそんなに多いというのも根拠に乏しいと考えます。しかし交代率が上がるような要素が見出せれば充分に考えられます。


しかしあくまでも私の推計は軍が制度として設置した慰安所における慰安婦(狭義)の数であり、中国本土、フィリピンなどの戦場や占領地域の敵性地域での「討伐」 において頻発した監禁・強姦の被害者は広義の慰安婦とも言えます。

フィリピン従軍慰安婦補償請求事件の訴状における証言
http://www.awf.or.jp/pdf/193-f1.pdf
 

被害者からみれば、日本軍の兵に監禁・強姦された事実を慰安婦被害者と語っても本質的には慰安所の慰安婦と同じですから、その被害者を慰安婦として加えるなら私の推計をはるかに超えることも否定できません。





慰安婦の一日の対応人数ですが10時から5時までは一般兵に割り当てられ、7時間で食事・洗浄・用足し等の時間に30分~1時間とすれば20人程度、5時~12時の将校タイムでは10人程度、合計1日のMAXが30人程度となりますが、この数値はよほど強制力が働かないとこなし切れないと思います。
ミッチナ捕虜尋問調書に記載されたスケジュールを元に算出しました。
一般兵と将校の比率を考えると、一般兵は早い者勝ちみたいな倍率ですね。

前線に近い慰安所では慰安婦も不足していたかも知れませんが、後方ではもう少しゆとりがあったかも知れませんし、暇な日も当然あったでしょう。

正確な慰安所記録が残っていませんので推測にしか過ぎませんが、先の調書に書かれてあるように、慰安婦はスケジュールに従っても兵の数に対応できず、不満を述べたと証言しているので、多い時で30人程度の対応人数は否定できません。
 



※1

「一九三七年末から蕪湖に駐屯した野砲第六連隊長藤村謙大佐も、強姦を懸念して、内地から慰安婦を呼んだが「日本女性と朝鮮人女性とが来たが、後者の方が一般に評判が良いので逐次之に代えることにした」と回想している。」
藤村謙『変転せる我が人生』(私家版、一九七三)一一〇ページ
 秦郁彦氏「慰安婦と戦場の性」P88

「戦地へ送り込まれる娼婦は年若き者を必要とす。而して小官某地にて検黴中屡々見し如き両鼠蹊部に横痃手術の瘢痕を有し明らかに既往花柳病の烙印をおされし、アバズレ女の類は敢へて一考を与へたし。此れ皇軍将兵への贈り物として、実に如何はしき物なればなり。如何に検黴を行ふとは言へ。」
「一応戦地へ送り込む娼婦は、内地最終の港湾に於いて、充分なる淘汰を必要とす。まして内地を喰ひつめたが如き女を戦地へ鞍変へさす如きは、言語同断の沙汰と言ふ可し。」
 第十一軍第十四兵站病院麻生徹男  防衛庁防衛研究所 「衛生・医事関係資料の調査概要」P37 
www.awf.or.jp/pdf/0062_p033_039.pdf

要するに内地ではいい人材が確保できなかったということです。応募が殺到したというのがウソとわかります。






 

慰安婦は悲惨な状況に置かれていなかったのか?

慰安婦=性奴隷説への反撃の「最大の武器」だ。
米軍資料が証拠だ!「慰安婦問題の本質」性奴隷論への反駁」島田洋一氏や多くの右派がよく言う「ミッチナ捕虜尋問調書にも慰安婦の自由度が記録されているではないか。」
との理由で「監禁なんか無かった」と本当に言えますか?
 


While in Burma they amused themselves by participating in sports events with both officers and men, and attended picnics, entertainments, and social dinners. They had a phonograph and in the towns they were allowed to go shopping.

右巻きの人が主張するのは調書のこの部分です。

井沢元彦氏は「史料を絶対視」し過ぎることは、かえって歴史の真相を見誤る結果を招くと主張しています。
確かにその通りだと思います。

ただ、氏を含め「史料」じゃなく「2次資料」を引用して書かれてある主張が多く、慰安婦については右派の主張はみな同じような物です。
歴史学は史料・文献批判が重要なのは言うまでもありません。私も出来うる限り「史料」本位で批判・検証したいと思います。即ち「逆説の慰安婦の歴史」みたいな。 笑
それで「ミッチナ捕虜尋問調書」を右派の書いた訳文ではなく、原文の英語で理解することを基本とします。





韓国で発見された朝鮮人の慰安所従業員の日記 毎日新聞 2013年08月07日 には「鉄道部隊で映画(上映)があるといって、慰安婦たちが見物に行ってきた。」とあります。


慰安所から外出しても軍の上映ですから監視者が当然いたと見るのが普通でしょう。

街の映画館へ自由に行くことができたという証明にはなりませんね。
何ヶ所かの慰安所の軍制定の規則が見つかっていますが、そこでは慰安婦の外出は厳禁とされていたようです。
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慰安所規定送付ノ件 1942年11月 軍政監部ビサヤ支部イロイロ出張所

しかし多少の自由もなければ彼女達が病んでしまうので、気分転換のため少しばかりの外出は「許可」された所もあると思います。

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勿論自由な外出が許されていた訳ではありません。
「戦地だから外出は危険であり当然だ」というウヨもいますが、そんな外出も出来ない危険なところに慰安婦は留め置かれていたということです。

その場合、慰安所の従業員と同伴というより彼女達を保護するために憲兵が同行した可能性の方がリアリティがあると思います。軍の監視の下でのデートと言うわけです。敵スパイとの接触や「逃亡」を防ぐ意味があったのは当然でしょう。

in the towns they were allowed to go shopping.は単に「街で買い物に行くことを許された。」と言うだけで、自由に街を歩けたと書かれていません。

「町ではショッピングを楽しむこと も認められていた」 と「なでしこアクション」のHPで掲示されています。
どうですか?高校の試験でこんな回答をすれば正解の○は貰えませんよ。

amused themselves のセンテンスはand social dinners.で終わっていて、新たにThey hadから始まっています。当然別の文章ですから、「楽しむ」動詞や付加を表す「も」といった副詞alsoやas wellの記述がなければそんな意味にはならないでしょう。

こういった意図的な印象操作も姑息な手じゃありませんか?

確かに私は日教組の先生に英語を教わりましたが、非日教組の愛国先生なら○をつけるのでしょうか?

そのような手法はまだまだ見られます。
She turned over seven hundred and fifty to the "master". 
を「彼女たちは、「雇い主」に750円返済していた。」と訳しています。
turned overを返済と意訳していますが、受け取った料金から「雇い主」へ(雇い主の取り分50%を)返したというのが本来の意味でしょう?

repaymentとは書かれていないのに、何故「返済」とするのでしょう。
この文章の前に前借金のことが書かれています。簡単に借金を返せるかのような印象を与える意訳です。


また調書の中に
The girls were allowed the prerogative of refusing a customer. This was often done if the person were too drunk.
「慰安婦は客を拒む権利が許された。兵が飲みすぎの場合度々行使された。」という箇所を元に「客を自由に選べた」かのような主張もありますが、上記規定には「飲酒酩酊セルモホノハ入所を禁ズ」とされているので、むしろ慰安婦にもその指導がなされていたからだと思われます。飲酒者を「拒否する権利」であって決して「選べる権利」ではありません。
上層部が恐れたのは兵が酒に酔って軍機密を漏らす事だったからです。

またこの証言は慰安婦の証言というよりも日本人の雇い主の証言と考える方が自然です。以下の文からも類推できます。

The girls complained that even with the schedule congestion was so great that they could not care for all guests, thus causing ill feeling among many of the soldiers.

「スケジュールどおりにやっても混雑が酷く、全ての客の面倒をみる事ができず、結局兵士の多くに不信感を引き起こしていると、女性達は不満を訴えた。」

との記述があるように、1日に相当多くの兵が利用していたようです。飲酒兵を拒んでも次の兵を相手にせねばならないので、事実上慰安婦の好みで兵を選べなかったと考えるのが一般人の考え方でしょう。




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水木しげる氏の有名な慰安婦漫画ですが、「5時ですからおしまいですよ」のセリフ部分だけを引用して、「慰安婦はさっさと仕事をやめてるじゃないか」「兵の方が可哀相だ」といった慰安婦が気楽に従事していたというデマを振りまく人もいます。

先の調書によると
According to interrogations the average system was as follows:
「尋問によると、平均的な制度は以下の通りだ」
1. Soldiers 10 AM to 5 PM  1.50 yen  20 to 30 minutes 一般兵
2. NCOs     5 PM to 9 PM  3.00 yen  30 to 40 minutes 下士官
3. Officers  9 PM to 12 PM  5.00 yen  30 to 40 minutes 将校

即ち「5時ですから(一般の兵隊さんの利用は)おしまいですよ」って事ですよ。
その後も12時まで下士官・将校のお相手をさせられた訳です。

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もちろん米軍資料だけでなく日本軍の定めた文書も残っています。




たった一つの文書の都合のいい部分だけで、広範囲にわたった慰安所の実態を充分説明できると言うのでしょうか?
ネトウヨはインドネシアやフィリピンでの軍事法廷の事実を、たった1,2の事件を挙げても全てがそうだった訳ではないといいます。(実際は8件の軍事裁判記録がある)
じゃあ調書の一部だけを取り上げての理屈はおかしいのじゃありませんか?
もう少し具体例として信憑性の高い資料(複数)を望みます。
 
さらに言えば何故先ほど「百歩譲って」と言ったかといえば、上記の調書には慰安婦自らが証言したと書かれていないからです。調書は雇い主"house master"(日本人)からの聞き取りもあるのです。彼らが言い逃れのウソをついていると解釈も出来ます。

通訳は日系2世だったので日本語で尋問されました。朝鮮語の通訳がいたとの記録はありません。
従って業者の都合のいい証言がほとんどだったと推測されます。慰安婦の聞き取りも通訳が彼女らを卑下していたことがありありとわかる調書です。

uneducated, childish, and selfish. She is not pretty either by Japanese or Caucasian standards. She is inclined to be egotistical and likes to talk about herself.
「無学で子供っぽく利己的である。彼女らは日本人あるいは白人のどちらの基準でも、美人とはいえない。身勝手な傾向があり、自分のことばかり話したがる。」
 
通訳の偏見、朝鮮語の通訳の不在。そういった状況の中で朝鮮人慰安婦の言い分が充分反映されたと見るには無理があります。伊沢氏の「逆説」とはこういった解釈です。
 
さらに同調書には
She claims to dislike her"profession" and would rather not talk either about it or her family.
「彼女らは自分の"職業"が嫌いだと不満をいい、仕事のことや家族のことを話そうとしない。」との記述もあります。ですから前述の慰安婦のthey amused themselvesのくだりも彼女らの証言ではないと考える方が妥当じゃないですか?
理解するに簡単な英語ですが、このあたりの部分は島田洋一氏ら右派には完全に無視されています。
 
ここではネトウヨ女子に聞きたいのですが、好きでもない取引先の会社の社長と”social dinners”を付き合うのはむしろ苦痛じゃないですか?本心で自分の口から楽しんだとは決して言えないですよね?セクハラ付なら尚更ですよね?
慰安婦はチップを貰う為にガマンして愛想をしただけで
す。



「うちの女子社員は取引先の社長にディナーをご馳走になって喜んでいた」と言う体裁をかまう上司の話ならよくある事だと思いますが。
 
もう一つ、蛇足になるかもしれませんが、果たして彼女らに音楽を聴いて余暇を楽しむなんて時間が本当にあったのでしょうか?

 
「多くの「楼主」は、食料その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしていたため、彼女たちは生活困難に陥った。」とも書かれていますので、phonographを法外な値で売りつけられたとも考えられますし、phonographを前に高額な借金にため息をついていたのかも知れません。

またビルマは日本軍占領後、軍票の乱発により現地経済はハイパーインフレに陥ります。
市場で手に入れようとした食料・日用品は軍票の額面の数十倍必要だったので、多額の請求も仕方なかったと思われます
。 

They had a phonographだけでは下のマンガのように寛いでると断定できませんよ
「彼らは1台の蓄音機を持っていた」だけですから、慰安婦の部屋にはなかったはずです。
 チャンネル桜では「ラジオを持っていた」なんて適当な事言ってましたが、それよりはマシか。
 

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小林よしのり氏も調書の一部をもって慰安婦の楽しい様を漫画にしていますが、本当の慰安婦の実態を表現しようとする姿勢と知的センスがなかったようです。調書に忠実なら、
少なくとも慰安婦を美人(?)に描かないと思いますね

 
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北ビルマで捕虜になった慰安婦  1944年9月3日 米軍写真斑撮影


有名な慰安婦の写真ですが、キャプションによれば
「船がシンガポールに寄航した際に買った綿製の洋服であった。」
2年間も同じ服を着ていていた訳です。

小林よしのりの漫画にあるような慰安所から外出して洋服なんて買えなかったと言うことです。

 











もうひとつ付け加えますが、尋問調書に次の一節が記載されてあります。

A "comfort girl" is nothing more than a prostitute or "professional camp follower"attached to the Japanese Army for the benefit of the soldiers.  
"professional camp follower"をテキサス親父関連のHPの翻訳では「 軍を追いかけている売春婦」「追軍売春婦」と訳しています。「商売の為に金魚のフンの如く追っかけて来た」ということを言いたいのでしょう。しかも大きく赤字で強調しています。原文引用の赤字もママ

しかし、そこには黒字で書かれた続く部分には言及していません。
不自然にもひとつのセンテンスの途中までしか引用していないのです。何故でしょう?
右派にとっては非常に都合悪いからに外なりません。

followerを単純に訳せば「追いかける」の意もありますが、後に続くattached to the Japanese Army は同格でfor the benefit of the soldiersまでが名詞を構成しているのを考えると、「追いかける」chaseという軍と距離感のある意味合いではないことがはっきりします。
日本軍所属または日本軍専属ということなので、camp follower は基地の配下にある者、基地従者、基地使用人という意味でないと辻褄が合いません。単なる民間人ではないと言うことです。
秦郁彦氏は「日本軍所属の売春婦」と解釈しています。2015海外特派員協会での声明

要するに、業者が勝手に付いてきて慰安所を開いたのではなくて、軍の施設として慰安所は密接な関係があったと言う事です。即ち慰安婦は民間人ではなく、軍所属の「慰安婦」が将兵専門に営業していた施設である慰安所は軍付属であることを意味し、軍が関与しないとは実態としてありえない事です。 


また多くのウヨは"professional camp follower"のprofessionalはそのまま
プロとして訳していますが、
professionalは”専門”即ち軍隊専門の売春婦と訳すべきで、素人に対する売春のプロといったイメージを植えつけようとする意図が見え見えです。

同調書の初めの項目(徴集)には

「これらの女性のうちには、「地上で最も古い職業」に以前からかかわっていた者も若干いたが、大部分は売春について無知、無教育であった。」
と記されており、所謂プロの売春婦は若干しかいなかったということです。

703名の
朝鮮人慰安婦の大半は「偽りの説明 を信じて、多くの女性が海外勤務に応募し、2、3百円の前渡金を受け取った。」という記述からもわかるように、ビルマへ送られた慰安婦は「素人」だったのです。 

 


ネトウヨは冒頭に述べたように都合のいい部分だけトリミングをし、それを根拠に慰安婦問題の総体を決め付けているというのはそういう主張をしているからです。

 
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