慰安婦問題の疑問点 それってウソでしょ

当ブログは主に日本のネット上でのウソを検証しているので、世界中(特に韓国や中国、欧米の主要メディア)のウソを検証してはいません。

ミッチナ捕虜尋問調書

慰安婦は悲惨な状況に置かれていなかったのか?

慰安婦=性奴隷説への反撃の「最大の武器」だ。
米軍資料が証拠だ!「慰安婦問題の本質」性奴隷論への反駁」島田洋一氏や多くの右派がよく言う「ミッチナ捕虜尋問調書にも慰安婦の自由度が記録されているではないか。」
との理由で「監禁なんか無かった」と本当に言えますか?
 


While in Burma they amused themselves by participating in sports events with both officers and men, and attended picnics, entertainments, and social dinners. They had a phonograph and in the towns they were allowed to go shopping.

右巻きの人が主張するのは調書のこの部分です。

井沢元彦氏は「史料を絶対視」し過ぎることは、かえって歴史の真相を見誤る結果を招くと主張しています。
確かにその通りだと思います。

ただ、氏を含め「史料」じゃなく「2次資料」を引用して書かれてある主張が多く、慰安婦については右派の主張はみな同じような物です。
歴史学は史料・文献批判が重要なのは言うまでもありません。私も出来うる限り「史料」本位で批判・検証したいと思います。即ち「逆説の慰安婦の歴史」みたいな。 笑
それで「ミッチナ捕虜尋問調書」を右派の書いた訳文ではなく、原文の英語で理解することを基本とします。





韓国で発見された朝鮮人の慰安所従業員の日記 毎日新聞 2013年08月07日 には「鉄道部隊で映画(上映)があるといって、慰安婦たちが見物に行ってきた。」とあります。


慰安所から外出しても軍の上映ですから監視者が当然いたと見るのが普通でしょう。

街の映画館へ自由に行くことができたという証明にはなりませんね。
何ヶ所かの慰安所の軍制定の規則が見つかっていますが、そこでは慰安婦の外出は厳禁とされていたようです。
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慰安所規定送付ノ件 1942年11月 軍政監部ビサヤ支部イロイロ出張所

しかし多少の自由もなければ彼女達が病んでしまうので、気分転換のため少しばかりの外出は「許可」された所もあると思います。

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勿論自由な外出が許されていた訳ではありません。
「戦地だから外出は危険であり当然だ」というウヨもいますが、そんな外出も出来ない危険なところに慰安婦は留め置かれていたということです。

その場合、慰安所の従業員と同伴というより彼女達を保護するために憲兵が同行した可能性の方がリアリティがあると思います。軍の監視の下でのデートと言うわけです。敵スパイとの接触や「逃亡」を防ぐ意味があったのは当然でしょう。

in the towns they were allowed to go shopping.は単に「街で買い物に行くことを許された。」と言うだけで、自由に街を歩けたと書かれていません。

「町ではショッピングを楽しむこと も認められていた」 と「なでしこアクション」のHPで掲示されています。
どうですか?高校の試験でこんな回答をすれば正解の○は貰えませんよ。

amused themselves のセンテンスはand social dinners.で終わっていて、新たにThey hadから始まっています。当然別の文章ですから、「楽しむ」動詞や付加を表す「も」といった副詞alsoやas wellの記述がなければそんな意味にはならないでしょう。

こういった意図的な印象操作も姑息な手じゃありませんか?

確かに私は日教組の先生に英語を教わりましたが、非日教組の愛国先生なら○をつけるのでしょうか?

そのような手法はまだまだ見られます。
She turned over seven hundred and fifty to the "master". 
を「彼女たちは、「雇い主」に750円返済していた。」と訳しています。
turned overを返済と意訳していますが、受け取った料金から「雇い主」へ(雇い主の取り分50%を)返したというのが本来の意味でしょう?

repaymentとは書かれていないのに、何故「返済」とするのでしょう。
この文章の前に前借金のことが書かれています。簡単に借金を返せるかのような印象を与える意訳です。


また調書の中に
The girls were allowed the prerogative of refusing a customer. This was often done if the person were too drunk.
「慰安婦は客を拒む権利が許された。兵が飲みすぎの場合度々行使された。」という箇所を元に「客を自由に選べた」かのような主張もありますが、上記規定には「飲酒酩酊セルモホノハ入所を禁ズ」とされているので、むしろ慰安婦にもその指導がなされていたからだと思われます。飲酒者を「拒否する権利」であって決して「選べる権利」ではありません。
上層部が恐れたのは兵が酒に酔って軍機密を漏らす事だったからです。

またこの証言は慰安婦の証言というよりも日本人の雇い主の証言と考える方が自然です。以下の文からも類推できます。

The girls complained that even with the schedule congestion was so great that they could not care for all guests, thus causing ill feeling among many of the soldiers.

「スケジュールどおりにやっても混雑が酷く、全ての客の面倒をみる事ができず、結局兵士の多くに不信感を引き起こしていると、女性達は不満を訴えた。」

との記述があるように、1日に相当多くの兵が利用していたようです。飲酒兵を拒んでも次の兵を相手にせねばならないので、事実上慰安婦の好みで兵を選べなかったと考えるのが一般人の考え方でしょう。




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水木しげる氏の有名な慰安婦漫画ですが、「5時ですからおしまいですよ」のセリフ部分だけを引用して、「慰安婦はさっさと仕事をやめてるじゃないか」「兵の方が可哀相だ」といった慰安婦が気楽に従事していたというデマを振りまく人もいます。

先の調書によると
According to interrogations the average system was as follows:
「尋問によると、平均的な制度は以下の通りだ」
1. Soldiers 10 AM to 5 PM  1.50 yen  20 to 30 minutes 一般兵
2. NCOs     5 PM to 9 PM  3.00 yen  30 to 40 minutes 下士官
3. Officers  9 PM to 12 PM  5.00 yen  30 to 40 minutes 将校

即ち「5時ですから(一般の兵隊さんの利用は)おしまいですよ」って事ですよ。
その後も12時まで下士官・将校のお相手をさせられた訳です。

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もちろん米軍資料だけでなく日本軍の定めた文書も残っています。




たった一つの文書の都合のいい部分だけで、広範囲にわたった慰安所の実態を充分説明できると言うのでしょうか?
ネトウヨはインドネシアやフィリピンでの軍事法廷の事実を、たった1,2の事件を挙げても全てがそうだった訳ではないといいます。(実際は8件の軍事裁判記録がある)
じゃあ調書の一部だけを取り上げての理屈はおかしいのじゃありませんか?
もう少し具体例として信憑性の高い資料(複数)を望みます。
 
さらに言えば何故先ほど「百歩譲って」と言ったかといえば、上記の調書には慰安婦自らが証言したと書かれていないからです。調書は雇い主"house master"(日本人)からの聞き取りもあるのです。彼らが言い逃れのウソをついていると解釈も出来ます。

通訳は日系2世だったので日本語で尋問されました。朝鮮語の通訳がいたとの記録はありません。
従って業者の都合のいい証言がほとんどだったと推測されます。慰安婦の聞き取りも通訳が彼女らを卑下していたことがありありとわかる調書です。

uneducated, childish, and selfish. She is not pretty either by Japanese or Caucasian standards. She is inclined to be egotistical and likes to talk about herself.
「無学で子供っぽく利己的である。彼女らは日本人あるいは白人のどちらの基準でも、美人とはいえない。身勝手な傾向があり、自分のことばかり話したがる。」
 
通訳の偏見、朝鮮語の通訳の不在。そういった状況の中で朝鮮人慰安婦の言い分が充分反映されたと見るには無理があります。伊沢氏の「逆説」とはこういった解釈です。
 
さらに同調書には
She claims to dislike her"profession" and would rather not talk either about it or her family.
「彼女らは自分の"職業"が嫌いだと不満をいい、仕事のことや家族のことを話そうとしない。」との記述もあります。ですから前述の慰安婦のthey amused themselvesのくだりも彼女らの証言ではないと考える方が妥当じゃないですか?
理解するに簡単な英語ですが、このあたりの部分は島田洋一氏ら右派には完全に無視されています。
 
ここではネトウヨ女子に聞きたいのですが、好きでもない取引先の会社の社長と”social dinners”を付き合うのはむしろ苦痛じゃないですか?本心で自分の口から楽しんだとは決して言えないですよね?セクハラ付なら尚更ですよね?
慰安婦はチップを貰う為にガマンして愛想をしただけで
す。



「うちの女子社員は取引先の社長にディナーをご馳走になって喜んでいた」と言う体裁をかまう上司の話ならよくある事だと思いますが。
 
もう一つ、蛇足になるかもしれませんが、果たして彼女らに音楽を聴いて余暇を楽しむなんて時間が本当にあったのでしょうか?

 
「多くの「楼主」は、食料その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしていたため、彼女たちは生活困難に陥った。」とも書かれていますので、phonographを法外な値で売りつけられたとも考えられますし、phonographを前に高額な借金にため息をついていたのかも知れません。

またビルマは日本軍占領後、軍票の乱発により現地経済はハイパーインフレに陥ります。
市場で手に入れようとした食料・日用品は軍票の額面の数十倍必要だったので、多額の請求も仕方なかったと思われます
。 

They had a phonographだけでは下のマンガのように寛いでると断定できませんよ
「彼らは1台の蓄音機を持っていた」だけですから、慰安婦の部屋にはなかったはずです。
 チャンネル桜では「ラジオを持っていた」なんて適当な事言ってましたが、それよりはマシか。
 

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小林よしのり氏も調書の一部をもって慰安婦の楽しい様を漫画にしていますが、本当の慰安婦の実態を表現しようとする姿勢と知的センスがなかったようです。調書に忠実なら、
少なくとも慰安婦を美人(?)に描かないと思いますね

 
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北ビルマで捕虜になった慰安婦  1944年9月3日 米軍写真斑撮影


有名な慰安婦の写真ですが、キャプションによれば
「船がシンガポールに寄航した際に買った綿製の洋服であった。」
2年間も同じ服を着ていていた訳です。

小林よしのりの漫画にあるような慰安所から外出して洋服なんて買えなかったと言うことです。

 











もうひとつ付け加えますが、尋問調書に次の一節が記載されてあります。

A "comfort girl" is nothing more than a prostitute or "professional camp follower"attached to the Japanese Army for the benefit of the soldiers.  
"professional camp follower"をテキサス親父関連のHPの翻訳では「 軍を追いかけている売春婦」「追軍売春婦」と訳しています。「商売の為に金魚のフンの如く追っかけて来た」ということを言いたいのでしょう。しかも大きく赤字で強調しています。原文引用の赤字もママ

しかし、そこには黒字で書かれた続く部分には言及していません。
不自然にもひとつのセンテンスの途中までしか引用していないのです。何故でしょう?
右派にとっては非常に都合悪いからに外なりません。

followerを単純に訳せば「追いかける」の意もありますが、後に続くattached to the Japanese Army は同格でfor the benefit of the soldiersまでが名詞を構成しているのを考えると、「追いかける」chaseという軍と距離感のある意味合いではないことがはっきりします。
日本軍所属または日本軍専属ということなので、camp follower は基地の配下にある者、基地従者、基地使用人という意味でないと辻褄が合いません。単なる民間人ではないと言うことです。
秦郁彦氏は「日本軍所属の売春婦」と解釈しています。2015海外特派員協会での声明

要するに、業者が勝手に付いてきて慰安所を開いたのではなくて、軍の施設として慰安所は密接な関係があったと言う事です。即ち慰安婦は民間人ではなく、軍所属の「慰安婦」が将兵専門に営業していた施設である慰安所は軍付属であることを意味し、軍が関与しないとは実態としてありえない事です。 


また多くのウヨは"professional camp follower"のprofessionalはそのまま
プロとして訳していますが、
professionalは”専門”即ち軍隊専門の売春婦と訳すべきで、素人に対する売春のプロといったイメージを植えつけようとする意図が見え見えです。

同調書の初めの項目(徴集)には

「これらの女性のうちには、「地上で最も古い職業」に以前からかかわっていた者も若干いたが、大部分は売春について無知、無教育であった。」
と記されており、所謂プロの売春婦は若干しかいなかったということです。

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朝鮮人慰安婦の大半は「偽りの説明 を信じて、多くの女性が海外勤務に応募し、2、3百円の前渡金を受け取った。」という記述からもわかるように、ビルマへ送られた慰安婦は「素人」だったのです。 

 


ネトウヨは冒頭に述べたように都合のいい部分だけトリミングをし、それを根拠に慰安婦問題の総体を決め付けているというのはそういう主張をしているからです。

 

朝鮮人慰安婦問題 ネット上で拡散している右派論調への疑問

朝鮮人慰安婦問題  ネット上で拡散している右派論調への疑問

「慰安婦は性奴隷であった」「歴史を直視せよ」と言う海外の指摘に
なにを今更とか、慰安婦は「性奴隷」とまでは言えないんじゃないかと私なりに思っていましたが、ネットで広く拡散しているのは、事実の検証よりも右派の都合のよい部分のみをデタラメに羅列し、拡散して慰安婦制度に対する批判を封じ込めようとしているのではないかとの疑念が調べれば調べるほど出てきたのです。
都合のよい部分だけではなく、ウソ・捏造・妄想の類も多々見うけられます。
 
「歴史」とは当然時の権力によってウソや脚色された事案があったのは古今東西当たり前で、都合の悪い事件など葬り去られる事もあったでしょうが、現代の民主主義国家においては忠実に事実を辿るという考えが定着しています。
中国のように未だに天安門事件について封じ込めの政策をとっているのを国際社会は否定的に捉えています。
 
それでは慰安婦問題に関してはどうでしょう。
ネット上で都合のいいリンクばかりをたどって、知ったような態度を取る人は如何なものでしょう。それこそ偏向した姿勢ですよね。
もう少し客観的に見ないといけないと考え、色々なサイトを巡回すればネトウヨ諸君の単純さが見えてきました。
そして決まり文句に出てくるのが
「自虐史観」「左翼」「在日勢力」「日教組」「反日売国奴」単純な「論破」etc.
ほとんど感情的な決め付けに終始している意見が多すぎ、核心をついた意見がほとんど無いように思えます。
 
そこで私が抱いた朝鮮人慰安婦問題の疑問をこれから述べ、ネトウヨ諸君に問いたいと思います。
勿論不勉強は指摘されても当然ですが、それだけで終わるのではなく私の単純な疑問に対する明快な回答を切に望みます。
 


 
慰安婦制度は当時は合法だった?

日本軍の慰安婦関係契約資料はほとんど残っていないのですが唯一「馬来軍政監区」の契約原本が残っています。1943年当時慰安婦の管轄権限を師団ではなく南方軍司令部に一括していました。
従って東南アジア方面では馬来軍監区と同じ契約だったと思われます。



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そこには(第12・13条)
「営業者および従業員は、軍政監の許可を受けるにあらざれば、転業転籍をなすことを得ず」
「営業者および稼業婦にして廃業せんとするときは、地方長官に願い出てその許可を受けるべし」
 と記されています。
慰安婦が辞めるのは「許可制」だったようです。
官の許可がなければ辞められなかったと言う事です。
自由に辞められなかった訳ですから、自由に辞められた娼婦のそれとは違います。
 
人員管理するだけなら営業者からの報告だけでいい訳ですから、慰安婦に直接及ぶ許可制とは明らかに強制性があると言えるでしょう。
即ち人身拘束制度=奴隷制度に官が直接関わっていた証明となります。

 よく引用されるビルマでの「日本人捕虜尋問報告書49号」によると
 
「1943年後半、日本陸軍は債務を返済した女性へ帰省を命令し、何人かの女性は韓国への帰国を許された。」
In the latter part of 1943 the Army is sued orders that certain girls who had paid their debt could return home. Some of the girls were thus allowed to return to Korea.
とのレポートがありますが、
 
それを「1943年日本陸軍は債務を返済した女性へ帰省を命令し、何人かの女性は寄って、韓国へと帰国した。」と”allowed to return to Korea”の allowed to を無視して拡散しているネトウヨサイトこそ捏造だと非難されるべきです。
 
報告書では戦局の悪化により結局誰一人帰国出来なかったともあります。これを曲解して「慰安婦は借金を返済してからも割りのいい仕事だったので辞めずに働いていた」証拠だという人がいます。どこにそんなことが書かれていたのでしょう。また軍の命令に簡単に叛く事ができたのでしょうか?
 
前サイト以上にもっとひどいのは「業者に命令し」帰国させたというインチキな翻訳をして、軍が帰国を許可したんだから「いい関与」だというトンデモない理屈を振りまいている奴もいます。
テキサス親父もこれにはさすがに同調しないでしょう。
 
慰安婦が娼婦と同等と見做す向きに問いたいのは、娼婦と同等なら自由廃業の権利があったはずで、本来なら軍が返済の有無によって帰国の是非を決める権利などはないという事をどう説明するのでしょう?
 
明治33年大審院判決
「貸座敷営業者ト娼妓トノ間ニ於ケル金銭貸借上ノ契約ト、身体ヲ拘束スルヲ目的トスル契約トハ各自独立ニシテ、身体ノ拘束ヲ目的トスル契約ハ無効ナリ」
と既に明治の時代にあっても借金で拘束するのは無効とあるのに、帰国を「許可」するとは拘束に関わっていた証と言えますよ。
 
当時の国際社会も戦前の国内法でも奴隷契約は認めていませんでした。
では借金のカタにされた娼婦は奴隷ではなかったのか?
近代法では人は担保にはなり得ませんから、借金とは別に考える必要があります。
 
娼妓取締規則は、内外からの批判に対し、娼婦に「契約破棄の権利」と「廃業の自由」を認めました。
警察に「届け」さえ出せば、いつでも辞めることができたのです。
奴隷契約は、人身を買われた奴隷側から契約を破棄することができません。
これと異なる娼婦契約は、人身を身分的に拘束する人身売買ではなく、したがって奴隷ではないという理屈です。
 
但しこの法でも100%問題がないとは言い切れません。現代でも問題となる届出の「不受理」という官憲の恣意的余地があるからです。会社へ提出する「辞表」なんかとは性質が違います。
届出内容に難癖つける事だって出来る訳ですから、即日受理で即自由とはならないケースもあったと考えても不思議ではないでしょう。
 
でも安倍総理が「人身売買」の事実を認めた訳ですから、言葉を言い換えれば即ち「性奴隷」であったという解釈も成立するのではないでしょうか?

日本軍慰安婦は職業売春婦だ
悲惨であったにせよ当時としてはありふれた話だ
また当時、それは合法だった。それは各国も同じだ
 
との論調も多いですが、当時の慰安婦契約を見る限り、どう見ても内地の娼婦と慰安婦は違うようです。慰安婦契約は当時としても違法性が明らかです。国際的にも認められない内容ではなかったでしょうか?
 
 
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