慰安婦問題の疑問点 それってウソでしょ

当ブログは主に日本のネット上でのウソを検証しているので、世界中(特に韓国や中国、欧米の主要メディア)のウソを検証してはいません。

テキサス親父

テキサス親父のペテン


昨年もテキサス親父はさも自分の手柄のように「米国公文書」を発見したかのようなペテンをYoutubeにUPしています。
 https://www.youtube.com/watch?v=pRTc1YJKt0E
しかもキャプションは「慰安婦尋問調書No.78」

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彼が手に持っているのは「Composite report on three Korean navy civilians, List no.78」というのが正式タイトルの報告書です。慰安婦の尋問調書とは全く違います。


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実際には当時ハワイに2,600人の朝鮮人軍人軍属の捕虜が収容されており、そこからさらに100人をカリフォルニアに移して戦略的(朝鮮半島占領)に重要な尋問をし、そのうちの3人の朝鮮人男性の尋問を報告書として記録したものです。
しかしその報告書のどこにも「高給取り」なんて書かれてありません。





78

本来の米軍調書No.78(1943/5/15) 

には日本人捕虜の供述として
「ラバウルには20歳から25歳の日本人女性がいる海軍慰安所があり、これらの女性は皆、日本から来た商売女であったと聞いている」との伝聞証言が記述されています。
勿論ラバウルには陸軍の慰安所もあり、慰安所の全容を述べてはいませんが。 



テキサス親父が紹介した文書はとっくの昔1990年代に浅野豊美教授が発見していますし、秦郁彦「慰安婦と戦場の性」1999年380~381Pで紹介されています。

 https://www.facebook.com/toyasano/posts/1088796284512112

調書の内容のほとんどは朝鮮人の不当待遇についての記述ですが、慰安婦関連の証言
18. All Korean prostitutes that PoW have seen in the Pacific were volunteers or had been sold by their parents into prostitution.

については(米軍に選ばれた)当時独立志向の高かった朝鮮人男性の特殊な見方とも理解できます。



日本人慰安婦を本当に証言にあるようなvolunteersと見ていた日本人将兵は誰もいませんでした。止むに止まれぬ事情が背景にあるのは十分承知していたのです。
むしろ国防婦人会の名目で日本から渡ってきた婦人達が慰安婦にされたとの元兵士の証言があります。
volunteersのつもりが騙されて慰安婦にされたということです。

榎本正代伍長(済南駐屯の第五十九師団)の証言―

 1941年のある日、国防婦人会による<大陸慰問団>という日本女性二百人がやってきた……(慰問品を届け)カッポウ着姿も軽やかに、部隊の炊事手伝いなどをして帰るのだといわれたが……皇軍相手の売春婦にさせられた。“目的はちがったけど、こんなに遠くに来てしまったからには仕方ないわ”が彼女らのよくこぼすグチであった。将校クラブにも、九州の女学校を出たばかりで、事務員の募集に応じたら慰安婦にさせられたと泣く女性がいた。
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」より




しかし韓国メディアでは慰安婦記述はほとんど報道していないようです。
勿論報告書にある30項目のうち慰安婦関連は1項目の数行だけなので、当時の朝鮮人の過酷な待遇や独立志向について重点的に報道するのは当然かも知れませんが。

※volunteersは「自ら志願した」という解釈が現在の価値観では一般的ですが、当時の朝鮮人にすれば強制に近い「挺身」や「供出」も、建前上「自ら志願した」という意味で用いられていたことも考慮すべきで、(女子)挺身隊、あるいは「処女(未婚女性)供出」も単純に英訳すればvolunteersとしても違和感はないでしょう。

右派は挺身隊は日本国内への勤労女子挺身隊だと矮小化していますが、既に挺身隊という語句は太平洋戦争開戦前後から広く使用されています。
「内閣情報局編輯 写真週報 第206号」の用例で、開戦直後の1942年2月の段階で既に「女子挺身隊」「陸軍女子挺身隊」と書かれています。


敗戦後占領軍上陸前にすぐに「特別挺身隊」として警察が進駐軍対策に「慰安婦」を集めた記録もあります。




 

テキサス親父のウソ

コメントされる方はまず他のコメントや私の返答、過去エントリを読んでから、コメントしてください。

尚、謝罪や賠償に関してはこのブログの趣旨と少し離れますし、嫌韓ネタを披露されても当ブログとは無関係ですから削除します。



今回は安直なウヨネタを持ち出す過去コメントを紹介します。

所謂ミッチナ捕虜尋問調書49号に関して

>麦焼酎

>テキサス親父の言うように、戦時中に日本叩きのプロパガンダに使えるネタをアメリカ側は使わなかったわけでしょ。そこを深く考えるべきでは?
>https://www.youtube.com/watch?v=ggQaYD37Jm4 

ウソです!

テキサス親父の動画のウソは過去エントリでも述べていますが 
 
http://senbonzakura.blog.jp/archives/38520388.html
「追軍慰安婦」の追軍って何だ?



実際は戦時中に日本叩きのプロパガンダに使えるネタをアメリカ側は使いました。



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ビルマのミッチナで米軍が撒いた伝単(プロパガンダのビラ)

抜粋
大切な部下の代わりに慰安婦逹も伴ったが、聯合軍偵察隊の遊撃が急となるや之等をも置きっ放しにして、中緬国境線に近きシマを迂回して雲南省まで逃れた。
中略
日本軍の勇士よ、諸君が丸山大佐を見たら、『ミチナに無縁の孤墳と化した戦友の英霊に対して何と申し訳をするのか?』
『ミチナの川向ふナンタローに取り残された病傷患者をどうした?』と聞け!


そしてビラには慰安婦逹は戦地で置き去りにされたと書かれてあります。

陸軍看護婦とか日赤の看護婦とかは、ミッチナからは戦闘が始まる 3 ヵ月ぐらい前に筏で流して、南のバモーとかに脱出させるということが行われていますが、慰安所は既に放棄されていたにもかかわらず慰安婦は最後まで生命の危険が及ぶ戦場を連れ回されたのです。

「強制連行」どころの話ではありません。


ただし捕虜となった慰安婦に関して直接のプロパガンダがなかったのは、同49号に、慰安婦が連合軍の捕虜になったことが戦地で知られると他の慰安婦が生命の危険に晒されるので、リーフレットは撒かないで欲しいとの要望があったことが記述されています

当然米軍が投下したビラは日本軍の士気喪失や投降を促す目的が主だったのは言うまでもありません。

下は一般的なプロパガンダです。

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コメント主は当ブログやコメント欄の他コメも読まず反論している訳ですが、多くのバカウヨも同様です。


「追軍慰安婦」の追軍って何だ?

ネトウヨが適当な和訳をして、都合よく屁理屈を並べるのによく引用されるのが米公文書の「ミッチナ捕虜尋問調書」ですが、その一節にある "professional camp follower"を彼らは「追軍売春婦」と解釈しています。

恐らくテキサス親父が2013年に当該レポートのコピーを入手し、関係者が和訳してネットで公開したのがネトウヨの中だけで拡散したのでしょう。

字幕つき動画はYoutubeで確認できます。

”Comfort women were camp followers w/proof”2013/09/09


彼はイタリア系アメリカ人ということですが、英語を喋れても、文章はまともに読めないようですね。

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本物の報告書ならビルマで捕虜にしたんですけど・・・・

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どこにそんなこと書いてあるのでしょうか? 
原文:”Some of the girls were thus allowed to return to Korea.”
帰国を許されたとあるだけです。

そして現実には後に出されたATIS調査120号レポート1945/11/15では
But owing to war conditions,no one of prisoner of war's group ha so far been allowed to leave. 
即ち 戦況の影響で慰安婦は誰一人帰国を許されなかったと記録されています。

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彼女達は不満を言ったが、残念だとはひとことも言っていないでしょう。
原文”The girls complained that even with the schedule congestion was so great that they could not care for all guests, thus causing ill feeling among many of the soldiers.”



そしてテキサス親父公式HPと称するページに
 "professional camp follower"の翻訳が掲載されています。


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それより以前にも「追軍慰安婦」としているページを見かけますがそれほど認知度は高くなかったと思います。 


今やgoogleで「追軍」と検索すればほぼネトウヨのページばかりですが、河野談話が出された頃には「従軍慰安婦」のページはあっても「追軍慰安婦」なるページはありません。
当該レポートはなにもテキサス親父が最初に見つけたのではなく、政府調査資料として1992年に既に公開されています。


そもそも「追軍」という日本語はなく、主要なWEB辞書でも掲載されていません。(当然「従軍」はあります) 
辞書にも載らない言葉ですから正しい日本語という評価はできないでしょう。
いわばネトウヨのネトウヨによるネトウヨのためだけの(捏)造語といえるでしょう。 
followerを都合よく「追っかける人」 という誤訳に近い意訳をしているだけです。

しかし"professional camp follower"がひとつの名詞(熟語)を表しているのです。

「軍事組織専属に働く使用人、しばしば売春婦 」と解釈するのが普通でしょう。English Language & Usage Stack Exchange」(WEB英英辞書)による解釈




日本版Wikipediaの「日本人戦争捕虜尋問レポート No.49」の項では(職業的な野営随行者)と注訳していますが、確かに「野営随行者」と訳しても間違いではないのですが、それはアメリカ独立戦争当時のcamp followerであって20世紀には米軍ではcampを海外の基地、駐屯地として使用しています。

沖縄の海兵隊基地の名称でも普天間飛行場のキャンプフォスター(瑞慶覧)やキャンプシュワブ、キャンプハンセンなどcampが使用されています。当然野営なんかしていませんし、立派な施設です。

それとも本当に日本軍のミッチナの基地では(校庭などに)天幕を設営して毎夜キャンプファイヤーで酒盛りでもしていたのでしょうか?
Wikipedia同項では「彼女らは通常2階建ての大きな建物(学校の校舎)に住んでおり、個室で生活し、仕事をした」という説明をしていますが、campを野営とするなら「追軍」した慰安婦がしっかりした建物で生活し、兵がお粗末な天幕生活をしていたということになり完全に逆転します。
お笑い翻訳ではないでしょうか?
明らかに「追軍」を用いるのは矛盾しています。

また野営しながら「追軍」するのなら慰安婦がテント生活をしていなければなりません。
いずれにせよ野営と「追軍」をセットにするなら全く辻褄が合いません。

お笑いネトウヨのブログには「野営追軍プロ」なる新語も登場しています。



(「従軍慰安婦」の従軍を否定したいがため)「特定の用語(この場合camp follower)に焦点をあてて狭い法律的議論を重ねること・・・(は)より広い文脈を無視することにほかなりません。」と187名(後に計457名)の歴史家が諭している訳です。

さらには「プロの売春婦」として拡散させているネトウヨもいますが、同調書には「入営した女性のなかには「地上で最も古い職業」(娼婦)も若干名いたが、大部分は売春について無知、無教育であった。」と記述されています。
「虚偽の説明を信じて」
同項より引用(だまされて)挙句の果てにプロとしての仕事をさせられた訳ですから、「プロの売春婦」と切り取っての主張は明らかに慰安婦になる経緯を意図的に隠蔽していることになります


ではこのレポート以外に”camp follower”が実際にはどういう使われ方をしていたのでしょうか?
よくわかる例があります。


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Women of a defeated land,forced to sell their bodies to the enemy soldiers.
敗戦地の女性、敵兵に自分の体を売ることを強制されました
THE CAMP FOLLOWERSというイタリア映画(脚本Ugo Pirro)1965年のポスターです。 
イタリア語原題は 「Le soldatesse」、ストレートに軍の構成員ですよ。

「商売で部隊について来た(民間)売春婦」といった能天気なニュアンスでは全くありません。
映画は伊ファシスト軍が侵攻したアルバニアで女性を犯したストーリーですが、女性が軍に追いつかれていますよ 笑
日本軍がインドネシアで慰安婦にしたオランダ人女性とダブリますね。

そしてレポート原文には続いて "attached to the Japanese Army for the benefit of the soldiers"
と書かれています。それを合わせてひとつの名詞を構成しているわけですが、テキサス親父のHP翻訳では完全に無視しています。

"attached to"の用例としてnurse attached to the army”があります。「従軍看護婦」のことです。
従ってレポートの記述は「従軍売春婦」 或いは「日本軍所属の売春婦」(秦育彦氏)と解するのが妥当でしょう。

また同レポートは慰安婦は売春婦と同じだと記述していますので、「従軍売春婦」イコール「従軍慰安婦」としても全くおかしくありません。 

しかし何故当時「慰安婦」という言葉を使ったのでしょう。なぜ当時の公娼制度(当時合法)があったのに従軍「娼妓」とか従軍「娼婦」という名称を用いなかったのでしょう。
従軍看護婦以外にも当時従軍カメラマン・従軍画家・従軍記者という軍の要請で働く人はいました。

しかし規律と秩序、高度な精神性を謳う皇軍に「娼婦」が帯同しているのを公にできなかったという理由もあるでしょう。


ネトウヨが慰安婦は当時合法だったとするなら、わざわざ「慰安婦」のような名前をつけたのは何故ですか?
慰安婦は「娼妓取締規則」から外れた徴集を行っており、また軍専用の慰安所という「規則」外の場所での就業は「公娼」とは言えなかったらでもあるでしょう。

要するに(合法を裏付ける)新しい法制度も制定せずに軍が新ジャンルの「慰安婦」制度を作った訳です。

また国内は当然として朝鮮半島・台湾でもストレートに「娼婦」とすれば思うように人が集まらなかったでしょう。
いずれにしても「慰安婦」のように当時曖昧な言葉が都合よかったのです。

そして軍の新語であり、内地(沖縄を除く)で慰安婦という職業はなかったので、わざわざ「従軍」をつける必要もことさらなかった訳です。ただ「軍慰安婦」と記された当時の文書は存在します。

しかし実態は「従軍」に間違いないから「従軍慰安婦」と表現してもなんら間違っていないと思います。
慰安婦に軍が賃金を払っていなかったから「従軍」では無いと言う説もありますが、「従軍看護婦」に軍が賃金を支払ったというエビデンスでもあるのでしょうか?日赤が支払っているはずです。
また国策映画のカメラマンは映画会社から給料を貰わず、軍から支給されていたと言うのでしょうか?




「追軍売春婦」をネトウヨ仲間だけの隠語みたいに使うだけならいいのですが、海外からの非難に対抗するには全く意味のないどころか,インチキ翻訳を振り回せば知能程度を疑われるのが関の山でしょう。
米国は勿論、中韓でも引用した原文のままストレートに解釈しますからね。



 

 

慰安婦の強制性について

再度言いますが朝鮮半島だけに限って言えば日本の官による強制連行を示す文書証拠は見つからないし、一方韓国が主張する証拠なんてほとんど説得力に欠けるものだとも思います。
また証拠が見つからないのは当たり前で、強制連行という裏の仕事を官自ら記録として残す事などありえないし、銃剣で脅して連行するような単純な暴力的行為ではなく、もっと巧妙な手口であっただろうと多くの証言から推測されます。

軍の伝達も警察の部下に対する指示も口頭で行われたと言います。
泰緬鉄道建設の為の捕虜使役も所謂バターン死の行進も正式命令書は存在しません。

そもそも刀を突きつけたり「軍と帯同して売春をするのだ」なんて軍の体裁を貶めるセリフを言う訳がないでしょう。

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私もそういったステレオタイプの強制連行はなかったと思います。

占領地ならいざ知らず、当時の軍部がいくら強大な力を持っていても、絵にあるような民衆から反発を食うような、数百年前のアフリカ奴隷狩りのような幼稚な手段を日本軍が使うわけがありません。
だから親兄弟も「どこかで仕事をさせられるんだ」程度の認識だったと思います。
従って強制連行を疑う目撃証言もほとんどなく、集団抗議も見られなかったのでしょう。とくに内地では従軍看護婦と違って、皇軍の名誉がかかっていますから慰安婦集めには相当気を遣ったと思います。

日本軍のほとんどの兵士が復員後、戦地のいやな体験は家族にも話さなかったと言います。
何十年もたってから重い口を開いたという人は大勢います。
まして朝鮮の婦女子が毎日の慰安所生活を話すなんて当時では考えにくいです。
戦後の混乱も落ち着きだしたころに朝鮮戦争が始まりました。慰安所も安全ではなかったけど、朝鮮半島のほぼ全域が戦場の修羅場と化しました。
その混乱の中忘れ去られたとしても不思議じゃありません。


被害者の証言だけでは証拠にはならないと言う理屈は甘んじて受けるとして西岡力氏の主張には同意できませんね。
「慰安婦を強制連行したとの「説」はその後の調査研究によって、事実ではないと結論が出た。」
「強制連行したとの「説」が事実ではないと結論が出た」のではなく、吉田清治の証言が作り話だったという結論が出ただけでしょ。

確かに斉州島における秦氏らの調査は(小学生の自由研究並のたった5人だけの聞き取り調査ですが)右派にとって意義あるものだったと思います。そして吉田証言を覆す成果があったのは事実です。ただ膨大な数の証言のひとつに過ぎません。

ナヌムの家の元慰安婦たちの証言以外にも多くの証言記録が残っています。
ただ今となってはその証言の多くは裏づけが取れません。だからといって信憑性に多少の疑問を持つだけで、断定的に否定することも難しいのではないでしょうか?
証言を得た地域、年、証言者の属性、記録した人や組織などは多岐に渡っています。それらの全てが組織的な背景があり、誰かの意図が反映した証言という事ではありません。


彼が言うには「慰安婦の人たちに人権があるように、当事の官憲にも人権はあります。たった一つの事例であたかも官憲が組織だって「強制」したかのように受け取られる のは、官憲の人権侵害です。」
組織だってと理を入れるのも不自然ですね。あざとく逃げ道を作っていますね。
慰安婦と官憲の人権を対比するのに組織は関係ないでしょう。
いずれにせよたった一つの事例で強制連行を否定するとは自己矛盾を起こしています。

このように一つの事例で慰安婦制度を語るのが右派の常套手段です。

アメリカをはじめ諸外国は吉田証言だけでなく多数の証言記録から強制性を認めています。それに対して西岡氏の論法が通用する訳がありません。
それとも膨大な証言・間接的資料を元に自ら調査研究した別の成果があるとでも言うのでしょうか?彼は大学教授の肩書きがありますが、慰安婦研究者としての実績はほとんどなく、ただの右派コメンテーター・アジテーターに過ぎません。
ネトウヨ諸君は朝日誤報を大喜びしていますが、問題はそう単純ではありませんよ。

ネトウヨは朝日新聞を目の仇にしていて、「廃刊に追い込もう!」なんて威勢のいい言葉を吐いていますが、産経・読売も当初吉田証言を報道しているのですよ。
朝日の肩を持つつもりはありませんが、ネトウヨ君の言動を見ていると昔の新左翼の出来もしないスローガンと何等変わりませんね。
産経新聞も部数を減らしているそうじゃありませんか?ここは口先ではなく産経新聞販拡ボランティアでもしてみてはどうですか?


警察官の多くは朝鮮人だったので、業者と裏取引をしていた事も想像できますが、仮にそんな事があったとしても日本の統治下であった訳で日本はその責任から逃れる事はできませんよね?

「 慰安婦は半年も働けば一軒屋が買えるほど、金を稼ぎました!
極悪非道朝鮮人慰安婦業者が悪いのです!
また、娘を極悪非道朝鮮人慰安婦業者に金で売った売春婦の親が悪いのです!
娘が強制連行されたなどと騒いだ親は当時一人もいません!
当たり前です!巨額の前金を貰っていたのは、その親本人です!!
悪いのは全部朝鮮人自身です!
強制連行などと言っている慰安婦は全部嘘を付いています!
息を吐く様に嘘を言う朝鮮人だから当然です!
慰安所の経営者も朝鮮人です!
日本人相手にオイシイ商売をしていました!」

と発言している単純右細胞のネトウヨにあきれて物が言えませんが、朝鮮人主犯説って大体こんなもんでしょうね。しかし朝鮮総督府・日本軍が免責されるその証拠や根拠が示されなければただの妄言。
!を多用するヒステリックなレイシストです。
そういう人は会社の社長はおろか、まともな上司にもなれませんね。失敗や違法行為のすべてを従業員や取引先のせいにして自ら責任を感じることがないんだから。勿論スポーツにおいても監督や主将にはなれませんね、いや普通の選手にだってなれませんよ。一生社会的に無責任な態度で通すことでしょう。
残念なことに社会にはこんな人もいますが、私は多くの誇りある日本人はもっと理性的で責任感のある考えの持ち主だと思っています。

「朝鮮人の男性達は、どこで、何をしていたんだろうか?当時の朝鮮の人口と、現在の米国の人口約 3 億余人を比率換算した場合は、米国人女性 300 万人に匹敵する。300 万人の女性が米国の中から、売春をさせるために強制的に連れて行かれたとして、おとなしく従うだろうか?」
とのトニー・マラーノ氏の主張には一定の説得力があるように思えますが、根拠となる人数を誤認しています。

北朝鮮が国連で主張した朝鮮半島婦女子20万人の強制連行なんて私も信じていませんよ。でも7年間で延べ数百人単位なら歴史の中に埋もれてしまったのかも知れません。残念ながら西岡力氏のように0であったかのように断定するには、その証明がないと納得できないのです。

しかしも韓国の「公式見解」は慰安婦20万人(最大)という主張で「朝鮮人慰安婦20万人」と言ってはいないのに(そりゃ韓国人の誰かが言ったのかは知りませんが)それを否定しても意味がありません。
また2007年に韓国の各市議会で採択された慰安婦問題についての決議には20万人の人数さえ書かれてありません。 



 

仮に慰安婦の身分自体は百歩譲って仮に違法ではなかったとしても、そのマネジメントにおいての違法性は認識すべきだと思います。
 
その点では橋下大阪市長が主張する「各国も戦時には同様の制度があった」「兵のレイプを防ぐには必要だ」「なにも日本だけが非難されるべきでは無い」という点もその視点が欠落していて、言い逃れの為だとの反発もあります。
 
 

慰安婦は悲惨な状況に置かれていなかったのか?

慰安婦=性奴隷説への反撃の「最大の武器」だ。
米軍資料が証拠だ!「慰安婦問題の本質」性奴隷論への反駁」島田洋一氏や多くの右派がよく言う「ミッチナ捕虜尋問調書にも慰安婦の自由度が記録されているではないか。」
との理由で「監禁なんか無かった」と本当に言えますか?
 


While in Burma they amused themselves by participating in sports events with both officers and men, and attended picnics, entertainments, and social dinners. They had a phonograph and in the towns they were allowed to go shopping.

右巻きの人が主張するのは調書のこの部分です。

井沢元彦氏は「史料を絶対視」し過ぎることは、かえって歴史の真相を見誤る結果を招くと主張しています。
確かにその通りだと思います。

ただ、氏を含め「史料」じゃなく「2次資料」を引用して書かれてある主張が多く、慰安婦については右派の主張はみな同じような物です。
歴史学は史料・文献批判が重要なのは言うまでもありません。私も出来うる限り「史料」本位で批判・検証したいと思います。即ち「逆説の慰安婦の歴史」みたいな。 笑
それで「ミッチナ捕虜尋問調書」を右派の書いた訳文ではなく、原文の英語で理解することを基本とします。





韓国で発見された朝鮮人の慰安所従業員の日記 毎日新聞 2013年08月07日 には「鉄道部隊で映画(上映)があるといって、慰安婦たちが見物に行ってきた。」とあります。


慰安所から外出しても軍の上映ですから監視者が当然いたと見るのが普通でしょう。

街の映画館へ自由に行くことができたという証明にはなりませんね。
何ヶ所かの慰安所の軍制定の規則が見つかっていますが、そこでは慰安婦の外出は厳禁とされていたようです。
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慰安所規定送付ノ件 1942年11月 軍政監部ビサヤ支部イロイロ出張所

しかし多少の自由もなければ彼女達が病んでしまうので、気分転換のため少しばかりの外出は「許可」された所もあると思います。

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勿論自由な外出が許されていた訳ではありません。
「戦地だから外出は危険であり当然だ」というウヨもいますが、そんな外出も出来ない危険なところに慰安婦は留め置かれていたということです。

その場合、慰安所の従業員と同伴というより彼女達を保護するために憲兵が同行した可能性の方がリアリティがあると思います。軍の監視の下でのデートと言うわけです。敵スパイとの接触や「逃亡」を防ぐ意味があったのは当然でしょう。

in the towns they were allowed to go shopping.は単に「街で買い物に行くことを許された。」と言うだけで、自由に街を歩けたと書かれていません。

「町ではショッピングを楽しむこと も認められていた」 と「なでしこアクション」のHPで掲示されています。
どうですか?高校の試験でこんな回答をすれば正解の○は貰えませんよ。

amused themselves のセンテンスはand social dinners.で終わっていて、新たにThey hadから始まっています。当然別の文章ですから、「楽しむ」動詞や付加を表す「も」といった副詞alsoやas wellの記述がなければそんな意味にはならないでしょう。

こういった意図的な印象操作も姑息な手じゃありませんか?

確かに私は日教組の先生に英語を教わりましたが、非日教組の愛国先生なら○をつけるのでしょうか?

そのような手法はまだまだ見られます。
She turned over seven hundred and fifty to the "master". 
を「彼女たちは、「雇い主」に750円返済していた。」と訳しています。
turned overを返済と意訳していますが、受け取った料金から「雇い主」へ(雇い主の取り分50%を)返したというのが本来の意味でしょう?

repaymentとは書かれていないのに、何故「返済」とするのでしょう。
この文章の前に前借金のことが書かれています。簡単に借金を返せるかのような印象を与える意訳です。


また調書の中に
The girls were allowed the prerogative of refusing a customer. This was often done if the person were too drunk.
「慰安婦は客を拒む権利が許された。兵が飲みすぎの場合度々行使された。」という箇所を元に「客を自由に選べた」かのような主張もありますが、上記規定には「飲酒酩酊セルモホノハ入所を禁ズ」とされているので、むしろ慰安婦にもその指導がなされていたからだと思われます。飲酒者を「拒否する権利」であって決して「選べる権利」ではありません。
上層部が恐れたのは兵が酒に酔って軍機密を漏らす事だったからです。

またこの証言は慰安婦の証言というよりも日本人の雇い主の証言と考える方が自然です。以下の文からも類推できます。

The girls complained that even with the schedule congestion was so great that they could not care for all guests, thus causing ill feeling among many of the soldiers.

「スケジュールどおりにやっても混雑が酷く、全ての客の面倒をみる事ができず、結局兵士の多くに不信感を引き起こしていると、女性達は不満を訴えた。」

との記述があるように、1日に相当多くの兵が利用していたようです。飲酒兵を拒んでも次の兵を相手にせねばならないので、事実上慰安婦の好みで兵を選べなかったと考えるのが一般人の考え方でしょう。




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水木しげる氏の有名な慰安婦漫画ですが、「5時ですからおしまいですよ」のセリフ部分だけを引用して、「慰安婦はさっさと仕事をやめてるじゃないか」「兵の方が可哀相だ」といった慰安婦が気楽に従事していたというデマを振りまく人もいます。

先の調書によると
According to interrogations the average system was as follows:
「尋問によると、平均的な制度は以下の通りだ」
1. Soldiers 10 AM to 5 PM  1.50 yen  20 to 30 minutes 一般兵
2. NCOs     5 PM to 9 PM  3.00 yen  30 to 40 minutes 下士官
3. Officers  9 PM to 12 PM  5.00 yen  30 to 40 minutes 将校

即ち「5時ですから(一般の兵隊さんの利用は)おしまいですよ」って事ですよ。
その後も12時まで下士官・将校のお相手をさせられた訳です。

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もちろん米軍資料だけでなく日本軍の定めた文書も残っています。




たった一つの文書の都合のいい部分だけで、広範囲にわたった慰安所の実態を充分説明できると言うのでしょうか?
ネトウヨはインドネシアやフィリピンでの軍事法廷の事実を、たった1,2の事件を挙げても全てがそうだった訳ではないといいます。(実際は8件の軍事裁判記録がある)
じゃあ調書の一部だけを取り上げての理屈はおかしいのじゃありませんか?
もう少し具体例として信憑性の高い資料(複数)を望みます。
 
さらに言えば何故先ほど「百歩譲って」と言ったかといえば、上記の調書には慰安婦自らが証言したと書かれていないからです。調書は雇い主"house master"(日本人)からの聞き取りもあるのです。彼らが言い逃れのウソをついていると解釈も出来ます。

通訳は日系2世だったので日本語で尋問されました。朝鮮語の通訳がいたとの記録はありません。
従って業者の都合のいい証言がほとんどだったと推測されます。慰安婦の聞き取りも通訳が彼女らを卑下していたことがありありとわかる調書です。

uneducated, childish, and selfish. She is not pretty either by Japanese or Caucasian standards. She is inclined to be egotistical and likes to talk about herself.
「無学で子供っぽく利己的である。彼女らは日本人あるいは白人のどちらの基準でも、美人とはいえない。身勝手な傾向があり、自分のことばかり話したがる。」
 
通訳の偏見、朝鮮語の通訳の不在。そういった状況の中で朝鮮人慰安婦の言い分が充分反映されたと見るには無理があります。伊沢氏の「逆説」とはこういった解釈です。
 
さらに同調書には
She claims to dislike her"profession" and would rather not talk either about it or her family.
「彼女らは自分の"職業"が嫌いだと不満をいい、仕事のことや家族のことを話そうとしない。」との記述もあります。ですから前述の慰安婦のthey amused themselvesのくだりも彼女らの証言ではないと考える方が妥当じゃないですか?
理解するに簡単な英語ですが、このあたりの部分は島田洋一氏ら右派には完全に無視されています。
 
ここではネトウヨ女子に聞きたいのですが、好きでもない取引先の会社の社長と”social dinners”を付き合うのはむしろ苦痛じゃないですか?本心で自分の口から楽しんだとは決して言えないですよね?セクハラ付なら尚更ですよね?
慰安婦はチップを貰う為にガマンして愛想をしただけで
す。



「うちの女子社員は取引先の社長にディナーをご馳走になって喜んでいた」と言う体裁をかまう上司の話ならよくある事だと思いますが。
 
もう一つ、蛇足になるかもしれませんが、果たして彼女らに音楽を聴いて余暇を楽しむなんて時間が本当にあったのでしょうか?

 
「多くの「楼主」は、食料その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしていたため、彼女たちは生活困難に陥った。」とも書かれていますので、phonographを法外な値で売りつけられたとも考えられますし、phonographを前に高額な借金にため息をついていたのかも知れません。

またビルマは日本軍占領後、軍票の乱発により現地経済はハイパーインフレに陥ります。
市場で手に入れようとした食料・日用品は軍票の額面の数十倍必要だったので、多額の請求も仕方なかったと思われます
。 

They had a phonographだけでは下のマンガのように寛いでると断定できませんよ
「彼らは1台の蓄音機を持っていた」だけですから、慰安婦の部屋にはなかったはずです。
 チャンネル桜では「ラジオを持っていた」なんて適当な事言ってましたが、それよりはマシか。
 

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小林よしのり氏も調書の一部をもって慰安婦の楽しい様を漫画にしていますが、本当の慰安婦の実態を表現しようとする姿勢と知的センスがなかったようです。調書に忠実なら、
少なくとも慰安婦を美人(?)に描かないと思いますね

 
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北ビルマで捕虜になった慰安婦  1944年9月3日 米軍写真斑撮影


有名な慰安婦の写真ですが、キャプションによれば
「船がシンガポールに寄航した際に買った綿製の洋服であった。」
2年間も同じ服を着ていていた訳です。

小林よしのりの漫画にあるような慰安所から外出して洋服なんて買えなかったと言うことです。

 











もうひとつ付け加えますが、尋問調書に次の一節が記載されてあります。

A "comfort girl" is nothing more than a prostitute or "professional camp follower"attached to the Japanese Army for the benefit of the soldiers.  
"professional camp follower"をテキサス親父関連のHPの翻訳では「 軍を追いかけている売春婦」「追軍売春婦」と訳しています。「商売の為に金魚のフンの如く追っかけて来た」ということを言いたいのでしょう。しかも大きく赤字で強調しています。原文引用の赤字もママ

しかし、そこには黒字で書かれた続く部分には言及していません。
不自然にもひとつのセンテンスの途中までしか引用していないのです。何故でしょう?
右派にとっては非常に都合悪いからに外なりません。

followerを単純に訳せば「追いかける」の意もありますが、後に続くattached to the Japanese Army は同格でfor the benefit of the soldiersまでが名詞を構成しているのを考えると、「追いかける」chaseという軍と距離感のある意味合いではないことがはっきりします。
日本軍所属または日本軍専属ということなので、camp follower は基地の配下にある者、基地従者、基地使用人という意味でないと辻褄が合いません。単なる民間人ではないと言うことです。
秦郁彦氏は「日本軍所属の売春婦」と解釈しています。2015海外特派員協会での声明

要するに、業者が勝手に付いてきて慰安所を開いたのではなくて、軍の施設として慰安所は密接な関係があったと言う事です。即ち慰安婦は民間人ではなく、軍所属の「慰安婦」が将兵専門に営業していた施設である慰安所は軍付属であることを意味し、軍が関与しないとは実態としてありえない事です。 


また多くのウヨは"professional camp follower"のprofessionalはそのまま
プロとして訳していますが、
professionalは”専門”即ち軍隊専門の売春婦と訳すべきで、素人に対する売春のプロといったイメージを植えつけようとする意図が見え見えです。

同調書の初めの項目(徴集)には

「これらの女性のうちには、「地上で最も古い職業」に以前からかかわっていた者も若干いたが、大部分は売春について無知、無教育であった。」
と記されており、所謂プロの売春婦は若干しかいなかったということです。

703名の
朝鮮人慰安婦の大半は「偽りの説明 を信じて、多くの女性が海外勤務に応募し、2、3百円の前渡金を受け取った。」という記述からもわかるように、ビルマへ送られた慰安婦は「素人」だったのです。 

 


ネトウヨは冒頭に述べたように都合のいい部分だけトリミングをし、それを根拠に慰安婦問題の総体を決め付けているというのはそういう主張をしているからです。

 
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