百田氏へのつっこみ第3弾です。

百田尚樹氏は次のようにも語っています。
「普天間第二小学校は、あまりに危険なので校舎の移転話が出たこともあったんですが、なんと反基地闘争をしている人たちが移設反対を訴えた。」

2010年1月の産経新聞の報道を根拠に主張しているのでしょうが、産経新聞はその反対の具体的な理由を書かずに、基地反対闘争に児童を人間の盾にして利用しているという歪んだ視点のみ強調しています。

宜野湾市の担当者は産経新聞が記事にした「予算確保の事実」は無いとしています。

宜野湾市の山内繋雄基地政策部長は答弁で、2010/10/8
(1)用地購入には30~60億かかる上、国の補助も得られず、市の財産では対応不可能だった。

それについては塚越政府委員も1987年「この普天間第二小学校の場合には、第一の補助要件にも第二の補助要件にも当たっておりませんので、用地費の補助が難しいという状況にございます。」と政府として移転の費用は出せないと説明しました。

(2)学校の老朽化も進んでいたため、同校PTA時間のかかる移転ではなく、現在地での全面改築を求める決議をした。

実際の移転候補地は私有地を米軍が賃借したものですので、国・地主との交渉も必要でした。

米軍の移転した跡の小学校は米軍基地に編入するといった「返還条件」がある以上は、10年単位での時間が交渉に費やされるであろうことは目に見えていました。(実際に1992年に交渉断念するまでほとんど進展がなかった)


「移転予算が確保されていたということも、市民団体の反対のために移転できなかったことも事実ではない」と強調したのです。

要は百田氏が信じてやまない産経新聞が偏向どころかウソも言っているのです。
確かに百田氏の言うように反基地闘争をしている人反対したでしょうが、問題の核心とは全く関係ありません。
そして彼が言うのは明らかに「反基地闘争をしている人達・・」と一部の人達が反対したという主張ですから正確ではありません。

しかも移転候補地は現在地から1km離れるうえ、フェンスから300mしか離れていません。騒音や危険度はさほど変わらないにも拘わらず、多大な費用がかかるのに国の補助が得られないなら反対する意見が多くても当然でしょう。住民の大多数の考えであったと思います。
第二小学校がピンポイントで危険地点なのではありません。基地周辺のゾーンとして危険地帯がある訳で、安全というには300m離れてもはほぼ同じリスクを負うことになります。
事実2004年8月には基地に隣接する沖縄国際大学1号館にヘリが墜落しています。滑走路から500m以上は離れています。

外交・防衛は国の専決事項であり、県や市がいくら米軍基地に住民無視の運用をやめるよう求めても、国が動かなければどうにもなりません。また国が住民無視の運用を米軍にやめるよう求めないのなら憲法違反状態の小学校の安全対策に国が責任を持たねばならないと思います。
百田氏の発言は国の無策を「左翼・地方行政」のせいに転嫁しようとする意図が透けて見えます。





「予算確保が難しいなら募金をしてでも移転すべきだった」
という意見もありますが、筋違いでしょうし、当時何十億も集まるわけがありません。空論を言って本心で児童の安全を訴える気もなく、ただ「反基地闘争をしている人」を攻撃したかっただけなのでしょう。




参考までに、陸上自衛隊のヘリ基地のひとつ、大阪八尾駐屯地を例にあげましょう。同駐屯地には隣接する志紀中学校があります。同校は防衛施設庁の予算で建替え、防音工事がなされていますが、移転はしていませんし、現在も授業が行われています。
普天間基地と同じような攻撃ヘリAH-1SコブラやUH-1Jヒューイが常駐していますし、CH46系統の双発ヘリも編隊を組んで度々飛来しています。
写真でも確認できるように普天間第二小学校よりも、むしろヘリ発着場所の距離は近いのです。

普天間基地と大きく違うところは、その運用方法です。なにも米軍の機体が整備不良のオンボロで墜落の危険度が高いって事でも当然ありません。


米軍の住民無視の運用が大きなリスクとなっていることの方が問題視されなければならないと思います。

yao



第二小学校は1969年に開校しています。米軍がベトナムから地上軍を削減、撤退させた時期にあたります。 
その当時でも騒音の問題は多少かかえていましたが、他に適当な場所がなかったので現在地となったのです。
騒音に関して言えば普天間基地が完成した当初から米軍がベトナムに本格的に参戦するまでは、プロペラ機の時代が長く、ヘリコプターも小型のものでしたので現在の騒音よりは随分ましでした。
1969年当時の所属機はヘリ数機と、固定翼輸送機15機だけです。あくまでも嘉手納の補助飛行場であったのです。境界のフェンスすらありませんでした。


実際1969年までの普天間飛行場は、ベトナム戦争の最中(
1968年12月)でさえ米国防総省が閉鎖を検討するほどの、ほとんど機能していない基地だったのです。

 「米軍飛行場の危険性」という観点でみれば、1969年までの普天間飛行場は、さほど危険ではありませんでした(米兵犯罪などはまた別の問題です)。



1024px-Korean_War_HA-SN-98-07085


しかし1969年に普天間へ第1海兵航空団として本土から海兵隊が移転しました。

これは安全保障上というより、この頃国内で反戦運動が盛り上がり、本土の基地負担縮小を国民にアピールするために、当時米軍施政下だった沖縄に半ば押し付けた形です。


米軍ヘリも大型化され、普天間基地に制式配備されました。
CH-46E

そのCH46Eもオスプレイに取って代わられました。といっても事故の危険度、騒音問題は残したままです。民間の調査機関のデータによると体感的には音の大きさはあまり変わらないようです。


2名乗り戦闘ヘリの騒音も相当なものです。新聞社が飛ばしているようなヘリと比較になりません。
AH-1W
私は現物のAH-1Wスーパーコブラのコクピットを見たことがあります。機体のヘビー感も半端じゃありません。
こんな重量(約5トン)でよく飛べるなと感じましたがその分強力なエンジンなわけです。
低周波騒音もオスプレイと同程度です。上空を飛べば腹に響きます。

そしてジェット戦闘機が飛来するようになったのは2010年頃からです。騒音はこの頃からひどくなります



普天間基地は元々海兵隊基地でありジェット戦闘機が常駐する基地ではありません。それが2010年頃から爆音が絶えないようになり住民が騒音ではなく「爆音訴訟」を起こしたのです。
最も危険な基地というのは住民を無視した米軍の運用によってそうなったのです。
百田氏は基地が出来たときから限度を超える騒音被害があったという誤認があります。
住民が補償しろと言うのに「違和感を覚える」なら、先にちゃんとその被害と経緯を自分で調べるのが筋でしょう。無責任な発言です。

「航空機騒音に国内法を適用し、演習に対する規制明記を求める、第3条<施設区域に関する措置>の改正」
「米軍構成員から受けた被害は日本政府の責任で補償することを求める、第18条<民事裁判権・請求権の放棄>の改正」など
2012/10/17沖縄県議会は米軍基地関係特別委員会で、地位協定見直しなどを求める決議を全会一致で可決しています。


「沖縄の基地反対運動は左翼・プロ市民・中国の手先・売国奴が煽っているだけで、善良な島民は騙されている」とする右の人達がいますが、別にどうレッテルを貼ろうが構いませんが、事実と経緯だけはちゃんと踏まえないといけませんね。
百田氏のようにウソや超歪曲でしか沖縄を見る目が無いのなら、妄言と言われますよ。





それにしても百田尚樹氏の「大反論」って薄っぺらなデマカセばかりで、突っ込めばすぐにボロが出る始末。
ネトウヨ君も彼を信用して擁護するなんてバカなまねは止めましょう。恥をかくだけです。

>「百田さんは、憲法で認められた権利、表現・思想の自由によって、沖縄2紙は要らないと考えた」(と沖縄タイムスの記事を引用したとブログ主)
>それが何か、問題でもあるのか。(怒)
というネトウヨさんがいます。
考えるのは自由だが、彼の発言は「要らない」ではなく、「無くさないといけない」→「無くした方がいい」と発言するその内容が問題で非難を浴びているのです。なにも「考えた」だけじゃないよ。正確な記事を引用をしてください。
その二紙の内容に反論するのは言論の自由で、自説を述べるのは大いに結構ですが、(氏の発言からかなり後退した感情と考えても)「物理的に無くなればいい」とは言論の自由を自ら否定しているに等しいという事です。

ただ一民間人に執拗に非難するのはやりすぎだとの意見もありますが、安部総理のブレーンのひとりと目され、自民党の議員の会合に参加し、NHK経営委員も努めた人物です。ただの二流作家の発言では済まされないのは当然でしょう。


Twitter社に「(気に入らない)百田のアカウント停止を要求する」「Twitterは無くさないといけない」と誰が言いましたか?
現に百田氏の言論の自由は侵されていないじゃありませんか。今でも好き勝手言ってるでしょ。
しかし嘘をつけば否定されるのは当然でしょう。「言論の自由」で守られている。だから「ウソ」を否定したり、非難する事は許されないのでしょうか?

右派の大先生である藤岡信勝氏でさえ自身のFacebookで江崎 道朗氏の百田批判の投稿をシェアしておられます。