あるネトウヨブログ(続慰安婦騒動を考える)で最近次のような記事がUPされていました。

[慰安婦の背景] 16で娘を売り18歳で再び娼妓に(昭和の凶作)(東京日日 1932.6.17)
の記事をもとに

「当時の毎日新聞(東京日日)の記事に見られるように「罪悪か否かの問題ではない。そうしなければ当面の生活が維持でき」なかったからである。生活が維持できないと言っても、現代とは違う。一家離散か下手をすれば全滅する。」

所謂人道上、人身売買は必要悪だったと言いたい訳でしょうか。

二・二六事件はそういった東北飢饉による身売りを黙認・放置していた時の政権の態度にも反旗を翻した若手将校が決起したもので、政策の貧困を非難することがあっても、単純に「仕方なかった」なんて評価は人権意識の欠落した人のいい訳でしかありませんね。

1932年以降は終戦直後の食糧不足の時期に餓死者が増えるまで、そもそも大飢饉はなく、餓死者の人数も顕著ではありませんでした。
従って貧困は顕在化していたとしても、慰安婦制度が確立した後は幸いにも大量餓死に至る状況からは脱していたのです。つまり「罪悪か否かの問題ではない」という時期は過ぎていたわけです。
従って慰安婦問題には直結しない歴史事象を持ち出すのもおかしいですね。


「軍が慰安所(売春宿)を誘致したら、「≒人身売買の犠牲者」がいるのは当たり前で、アレックス・ダデンが言うような日本政府による犯罪ではない。なにより「≒人身売買の犠牲者」は、日本人も同じであった。」
「ようするに、日本の植民地と占領地から、貧しく弱い立場にいた若い女性を搾取したという点において、特筆すべきものと言い切った『187人声明』に署名した日本研究者は、日本の中学生程度の日本史の知識もなかったということである。」 

日本国内でも「人身売買の犠牲者」がいたので、植民地や占領地からの慰安婦も日本の慰安婦と同列だから特筆する必要がないとでも言いたいのでしょうか?珍妙な理屈です。
1932年当時から多少状況が違うにせよ、国内の娼妓に関しては「娼妓取締規則」の基、廃業の自由や自由意志の尊重といった最低限の建前は存在しましたが、植民地・占領地ではその建前すら存在しませんでした。
(植民地・占領地において「娼妓取締規則」が準用されたという証拠があったらご教示願いたいものです。)
人身売買だけでなく、特筆される理由があったのです。


建前でも犠牲者を出さないのが、本来の国民を護るという国政の基礎であるべきなのに、軍の強い要請によりそれを怠ったのは、犯罪行為のなにものでもありません。少なくとも不作為の違法=犯罪という認識に及ばないのはブログ主が中学生程度の法意識も持ち合わせていないという事ですね。