朝鮮人慰安婦問題  ネット上で拡散している右派論調への疑問

「慰安婦は性奴隷であった」「歴史を直視せよ」と言う海外の指摘に
なにを今更とか、慰安婦は「性奴隷」とまでは言えないんじゃないかと私なりに思っていましたが、ネットで広く拡散しているのは、事実の検証よりも右派の都合のよい部分のみをデタラメに羅列し、拡散して慰安婦制度に対する批判を封じ込めようとしているのではないかとの疑念が調べれば調べるほど出てきたのです。
都合のよい部分だけではなく、ウソ・捏造・妄想の類も多々見うけられます。
 
「歴史」とは当然時の権力によってウソや脚色された事案があったのは古今東西当たり前で、都合の悪い事件など葬り去られる事もあったでしょうが、現代の民主主義国家においては忠実に事実を辿るという考えが定着しています。
中国のように未だに天安門事件について封じ込めの政策をとっているのを国際社会は否定的に捉えています。
 
それでは慰安婦問題に関してはどうでしょう。
ネット上で都合のいいリンクばかりをたどって、知ったような態度を取る人は如何なものでしょう。それこそ偏向した姿勢ですよね。
もう少し客観的に見ないといけないと考え、色々なサイトを巡回すればネトウヨ諸君の単純さが見えてきました。
そして決まり文句に出てくるのが
「自虐史観」「左翼」「在日勢力」「日教組」「反日売国奴」単純な「論破」etc.
ほとんど感情的な決め付けに終始している意見が多すぎ、核心をついた意見がほとんど無いように思えます。
 
そこで私が抱いた朝鮮人慰安婦問題の疑問をこれから述べ、ネトウヨ諸君に問いたいと思います。
勿論不勉強は指摘されても当然ですが、それだけで終わるのではなく私の単純な疑問に対する明快な回答を切に望みます。
 


 
慰安婦制度は当時は合法だった?

日本軍の慰安婦関係契約資料はほとんど残っていないのですが唯一「馬来軍政監区」の契約原本が残っています。1943年当時慰安婦の管轄権限を師団ではなく南方軍司令部に一括していました。
従って東南アジア方面では馬来軍監区と同じ契約だったと思われます。



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そこには(第12・13条)
「営業者および従業員は、軍政監の許可を受けるにあらざれば、転業転籍をなすことを得ず」
「営業者および稼業婦にして廃業せんとするときは、地方長官に願い出てその許可を受けるべし」
 と記されています。
慰安婦が辞めるのは「許可制」だったようです。
官の許可がなければ辞められなかったと言う事です。
自由に辞められなかった訳ですから、自由に辞められた娼婦のそれとは違います。
 
人員管理するだけなら営業者からの報告だけでいい訳ですから、慰安婦に直接及ぶ許可制とは明らかに強制性があると言えるでしょう。
即ち人身拘束制度=奴隷制度に官が直接関わっていた証明となります。

 よく引用されるビルマでの「日本人捕虜尋問報告書49号」によると
 
「1943年後半、日本陸軍は債務を返済した女性へ帰省を命令し、何人かの女性は韓国への帰国を許された。」
In the latter part of 1943 the Army is sued orders that certain girls who had paid their debt could return home. Some of the girls were thus allowed to return to Korea.
とのレポートがありますが、
 
それを「1943年日本陸軍は債務を返済した女性へ帰省を命令し、何人かの女性は寄って、韓国へと帰国した。」と”allowed to return to Korea”の allowed to を無視して拡散しているネトウヨサイトこそ捏造だと非難されるべきです。
 
報告書では戦局の悪化により結局誰一人帰国出来なかったともあります。これを曲解して「慰安婦は借金を返済してからも割りのいい仕事だったので辞めずに働いていた」証拠だという人がいます。どこにそんなことが書かれていたのでしょう。また軍の命令に簡単に叛く事ができたのでしょうか?
 
前サイト以上にもっとひどいのは「業者に命令し」帰国させたというインチキな翻訳をして、軍が帰国を許可したんだから「いい関与」だというトンデモない理屈を振りまいている奴もいます。
テキサス親父もこれにはさすがに同調しないでしょう。
 
慰安婦が娼婦と同等と見做す向きに問いたいのは、娼婦と同等なら自由廃業の権利があったはずで、本来なら軍が返済の有無によって帰国の是非を決める権利などはないという事をどう説明するのでしょう?
 
明治33年大審院判決
「貸座敷営業者ト娼妓トノ間ニ於ケル金銭貸借上ノ契約ト、身体ヲ拘束スルヲ目的トスル契約トハ各自独立ニシテ、身体ノ拘束ヲ目的トスル契約ハ無効ナリ」
と既に明治の時代にあっても借金で拘束するのは無効とあるのに、帰国を「許可」するとは拘束に関わっていた証と言えますよ。
 
当時の国際社会も戦前の国内法でも奴隷契約は認めていませんでした。
では借金のカタにされた娼婦は奴隷ではなかったのか?
近代法では人は担保にはなり得ませんから、借金とは別に考える必要があります。
 
娼妓取締規則は、内外からの批判に対し、娼婦に「契約破棄の権利」と「廃業の自由」を認めました。
警察に「届け」さえ出せば、いつでも辞めることができたのです。
奴隷契約は、人身を買われた奴隷側から契約を破棄することができません。
これと異なる娼婦契約は、人身を身分的に拘束する人身売買ではなく、したがって奴隷ではないという理屈です。
 
但しこの法でも100%問題がないとは言い切れません。現代でも問題となる届出の「不受理」という官憲の恣意的余地があるからです。会社へ提出する「辞表」なんかとは性質が違います。
届出内容に難癖つける事だって出来る訳ですから、即日受理で即自由とはならないケースもあったと考えても不思議ではないでしょう。
 
でも安倍総理が「人身売買」の事実を認めた訳ですから、言葉を言い換えれば即ち「性奴隷」であったという解釈も成立するのではないでしょうか?

日本軍慰安婦は職業売春婦だ
悲惨であったにせよ当時としてはありふれた話だ
また当時、それは合法だった。それは各国も同じだ
 
との論調も多いですが、当時の慰安婦契約を見る限り、どう見ても内地の娼婦と慰安婦は違うようです。慰安婦契約は当時としても違法性が明らかです。国際的にも認められない内容ではなかったでしょうか?