慰安婦問題の疑問点 それってウソでしょ

当ブログは主に日本のネット上でのウソを検証しているので、世界中(特に韓国や中国、欧米の主要メディア)のウソを検証してはいません。

2017年01月

産経ニュースのウソと歪曲

慰安婦像は少女像にあらず 菅義偉官房長官「問題視しているのは慰安婦像」

http://www.sankei.com/politics/news/170111/plt1701110027-n1.html

「韓国では、多くの10代前半の女性が旧日本軍によって強制的に連行されて慰安婦にされた-との主張が横行している。しかし、日本政府の調査などでは、「少女」と呼ばれる年代の女性が慰安婦になったことは裏付けられていない。

という
記事内容はウソです。編集者の妄想か不勉強を晒す相変わらずの産経クオリティ。
1992年に政府が調査し発表した資料にちゃんと15歳や16歳の慰安婦の記録があります。

過去エントリでも紹介した
のですが

 
顕微成績ノ件(梅毒検査結果) 昭和17年5月29日、6月9日 

には15歳(2人) 16歳(2人)の記戴があります
10代前半ではありませんが、少女と呼ぶ年齢には違いありません


また同記事には


「実際、
米軍が昭和19(1944)年、ビルマ(現ミャンマー)で捕らえた朝鮮人慰安婦から聞き取り調査して作成した報告書※によると、調査対象となった女性20人の平均年齢は23歳で、最年少は19歳が1人いるだけだった。」
との歪曲主張を掲げています。
※心理作戦班 捕虜尋問報告No.49

その報告書には1942年夏に慰安婦として派遣されたと記述されています。
しかし
尋問期間は1944年8月20日から9月10日であり、調査した時点での慰安婦の年齢と朝鮮半島で慰安婦にされた年齢とでは2歳の差があるのを無視しています。

報告書に記戴された年齢を元に慰安婦となった年齢を調べると、20名のうち11名が未成年で慰安婦となり、その最年少が17歳であったのです。


また日本の裁判所では多くの元慰安婦の事実認定が行われています。
原告の多くは当時未成年でしたが、年少の原告だけを取り上げても

○中国人「慰安婦」損害賠償請求訴訟(第二次)
期間:1996年2月~2007年4月

一、二審とも軍が連行、監禁、強姦(ごうかん)した事実を認定しました。最高裁も、この事実認定自体は「適法に確定された」と認めました。
原告
郭さん、当時15歳
侯さん、当時13歳

○海南島戦時性暴力被害事件訴訟
期間:2001年7月~2010年3月

高裁判決のなかで「以下の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。」と原告の主張が認定されました。
原告
黄有良さん、当時14歳
陳亜扁さん、当時14歳
譚亜洞さん、当時16,7歳

○関釜裁判

高裁「原告らの打ち消し難い原体験に属するものとして、その信用性は高いと評価される」として原告らの主張する事実を認定、確定しました。
原告
朴頭理さん、当時16歳 外当時未成年2名


○在日韓国人元従軍慰安婦謝罪・補償請求事件
2000年11月30日高裁判決

原告が慰安婦として受けた被害事実について、東京地裁判決で事実認定が行われています。
原告
宋神道さん、当時16歳 

ただし賠償請求についてはいずれも棄却されています。

理論破綻している慰安婦高給説で、今だにウヨがよく例にする慰安婦の軍事郵便貯金の主、文玉珠さんが慰安婦となったのが当時16歳だったと認定されています。


勿論日本政府機関が公式に認定はしていない(それをウヨは捏造慰安婦と称している)が、数多くの証言記録では年少で慰安婦となった女子(朝鮮人に限らず)が多数いたのは言うまでもありません。
日本の裁判所では多くの事実認定がなされましたが、日本政府が本気で調査すれば、それらの公式に認定していないが韓国政府が認定した元慰安婦の証言の年齢が嘘であるか、あるいは真実なのかは明らかにできる筈ですが、それをしないで証言を否定できませんね。


「少女像と呼べば、実際に少女が慰安婦をやっていたと思われる」自民部会2017/1/27(青山繁晴参院議員)
そのとおりですから。






 



 

 



テキサス親父のペテン


昨年もテキサス親父はさも自分の手柄のように「米国公文書」を発見したかのようなペテンをYoutubeにUPしています。
 https://www.youtube.com/watch?v=pRTc1YJKt0E
しかもキャプションは「慰安婦尋問調書No.78」

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彼が手に持っているのは「Composite report on three Korean navy civilians, List no.78」というのが正式タイトルの報告書です。慰安婦の尋問調書とは全く違います。


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実際には当時ハワイに2,600人の朝鮮人軍人軍属の捕虜が収容されており、そこからさらに100人をカリフォルニアに移して戦略的(朝鮮半島占領)に重要な尋問をし、そのうちの3人の朝鮮人男性の尋問を報告書として記録したものです。
しかしその報告書のどこにも「高給取り」なんて書かれてありません。





78

本来の米軍調書No.78(1943/5/15) 

には日本人捕虜の供述として
「ラバウルには20歳から25歳の日本人女性がいる海軍慰安所があり、これらの女性は皆、日本から来た商売女であったと聞いている」との伝聞証言が記述されています。
勿論ラバウルには陸軍の慰安所もあり、慰安所の全容を述べてはいませんが。 



テキサス親父が紹介した文書はとっくの昔1990年代に浅野豊美教授が発見していますし、秦郁彦「慰安婦と戦場の性」1999年380~381Pで紹介されています。

 https://www.facebook.com/toyasano/posts/1088796284512112

調書の内容のほとんどは朝鮮人の不当待遇についての記述ですが、慰安婦関連の証言
18. All Korean prostitutes that PoW have seen in the Pacific were volunteers or had been sold by their parents into prostitution.

については(米軍に選ばれた)当時独立志向の高かった朝鮮人男性の特殊な見方とも理解できます。



日本人慰安婦を本当に証言にあるようなvolunteersと見ていた日本人将兵は誰もいませんでした。止むに止まれぬ事情が背景にあるのは十分承知していたのです。
むしろ国防婦人会の名目で日本から渡ってきた婦人達が慰安婦にされたとの元兵士の証言があります。
volunteersのつもりが騙されて慰安婦にされたということです。

榎本正代伍長(済南駐屯の第五十九師団)の証言―

 1941年のある日、国防婦人会による<大陸慰問団>という日本女性二百人がやってきた……(慰問品を届け)カッポウ着姿も軽やかに、部隊の炊事手伝いなどをして帰るのだといわれたが……皇軍相手の売春婦にさせられた。“目的はちがったけど、こんなに遠くに来てしまったからには仕方ないわ”が彼女らのよくこぼすグチであった。将校クラブにも、九州の女学校を出たばかりで、事務員の募集に応じたら慰安婦にさせられたと泣く女性がいた。
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」より




しかし韓国メディアでは慰安婦記述はほとんど報道していないようです。
勿論報告書にある30項目のうち慰安婦関連は1項目の数行だけなので、当時の朝鮮人の過酷な待遇や独立志向について重点的に報道するのは当然かも知れませんが。

※volunteersは「自ら志願した」という解釈が現在の価値観では一般的ですが、当時の朝鮮人にすれば強制に近い「挺身」や「供出」も、建前上「自ら志願した」という意味で用いられていたことも考慮すべきで、(女子)挺身隊、あるいは「処女(未婚女性)供出」も単純に英訳すればvolunteersとしても違和感はないでしょう。

右派は挺身隊は日本国内への勤労女子挺身隊だと矮小化していますが、既に挺身隊という語句は太平洋戦争開戦前後から広く使用されています。
「内閣情報局編輯 写真週報 第206号」の用例で、開戦直後の1942年2月の段階で既に「女子挺身隊」「陸軍女子挺身隊」と書かれています。


敗戦後占領軍上陸前にすぐに「特別挺身隊」として警察が進駐軍対策に「慰安婦」を集めた記録もあります。




 
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