慰安婦問題の疑問点 それってウソでしょ

当ブログは主に日本のネット上でのウソを検証しているので、世界中(特に韓国や中国、欧米の主要メディア)のウソを検証してはいません。

2015年06月

「親日」台湾が「反日」に舵?

「10月に記念館開館」台湾・馬総統

台湾に「慰安婦記念館」 を開館させるという馬英九総統の発表から約1月経過しましたが、ネトウヨの反応はそう多くないようです。

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台湾叩きまでには至らず、「中国共産党寄りのレームダック化している馬総統が抗日70周年を利用して支持回復を狙ったもの」という意見がありますが、真正面から罵声を浴びせるような非難はしていません。比較的冷静です。
外省人の「反日分子」の画策だ」としているのも例によってステレオタイプの二元論で、本省人の多くは依然「親日」だと言っています。

「戦後、中国大陸から移住してきた人とその子孫である「外省人」系は人口の1割強を占めるに過ぎないとされる。馬総統もこのグループに属する。」として明言は避けていますが、産経新聞(2015.6.28)はこのように少数の「外省人」の思惑だと言わんばかりです。
(馬英九総統は政治的には2012年の選挙で、得票率51%で二期目就任を果たしています)



2008年には台湾立法院(国会)において旧日本軍の慰安婦問題をめぐって、日本政府による公式謝罪と被害者への賠償などを求める決議案を全会一致で採択しました

これは民進党や国民党、外省人や本省人に関係なく、台湾人の総意と言っていいでしょう。
だからと言って「反日台湾」とはネトウヨは言いません。

彼らは今まで、「反日韓国は捏造慰安婦を前面に出し、謝罪ニダと賠償ニダと妄言を吐いている」とする一方親日国の台湾はそんな卑怯なことはしないとネット上で吹聴していました。 
まあ単純なネトウヨの主張の「一方」も半ば崩れた訳です。 

確かに台湾人の親日度は他国より際立っているのは事実ですし、個人的にも非常にフレンドリーな経験が多いのですが、「反日」的感情を抱く人も少なからずいます。
尖閣諸島の領有を訴える漁民の多くは本省人ですし、それをスポンサーした旺旺グループオーナーも本省人です。日本の占領時代に利益を享受した特権層もいますが、迫害され、過酷な目に遭った人々もいます。その中には慰安婦もいるのです。勿論当時は本省人がほとんどです。

台湾の芸能人バービー・スーは東日本大震災のとき3750万円も寄付しましたが、彼女は外省人です。
テレサ・テンも親が国民党軍人の外省人。
親日家のレイニー・ヤンも両親ともに外省人。

親日=本省人 反日=外省人
というネトウヨの単純台湾観は台湾国民をバカにしているとしか思えません。
要するに、「台湾併合時代、大日本帝国の善政により未開地から近代国家への基礎を築いた。だから本省人は親日だ」という一方的な歴史観に犯されているからだと思います。

戦後、蒋介石軍事独裁政権が本省人(台湾人)の抵抗意識を奪うために、知識階層・共産主義者を中心に数万人を処刑したと推定されており、その残虐性に対しての反動から本省人が日本統治時代を肯定するようになったと言われています。確かに1898年児玉源太郎が第4代総督になってからは治安も安定し、それまで度々行われていた台湾人を虐殺するような事は、ほとんど無くなったからです。大量処刑という弾圧極まりない統治よりはずっとましだという事です。
それでも安倍首相を支持する親日派の李登輝元総統でさえ日本統治時代、台湾人は二等国民扱いで差別されていたと最近でも明言しています。
しかしネトウヨはその経緯をスルーしています。
そして蒋介石にしても仇敵中国共産党と対峙するには、日本との関係を悪化させる訳にはいかなかった事情もありました。
中国国交回復(台湾断交)後も民間レベルでの「外交」や経済関係は緊密に続けられました。
そういった戦後の歴史に言及せず、日本統治時代を持ち出して台湾は「親日」というのは見当違いと言うものでしょう。


菅官房長官「当然わが国の立場と相容れない」

と政府は反応しましたが、「わが国の立場」とは一体何を言うのでしょう?
まだ記念館の展示内容も分からないのに、相容れないとはどういう事でしょう?
ロクに記事も読んでいない(本人曰く)くせに、「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」と言った百田尚樹氏のふざけた主張と同じじゃないですか。
 

追記: 訂正台湾立法院の議決には2名の反対があったということですが確認できていません。

混血児が生まれていないから日本兵による強姦事件は非常に少なかったか?

「混血児がいない」と言って日本兵による強姦事件はなかったとする右派の主張は如何なものか?

問題となるような強姦事件が発生しなかったというのがウソである事は、軍高官や兵の証言だけでなく、支那派遣軍の軍法会議での記録という確たる証拠だけでも明白ですが、
過去エントリを参照してください。
http://senbonzakura.blog.jp/archives/30857313.html


右派は違った角度からそれを否定しています。
「日本兵との混血児が問題となったことがない」「混血児はいなかった」から強姦はなかったという論法です。

それがウソというには多くの混血児の存在を証明しなければなりませんが、これが非常にむずかしい。
アジア人と日本人の混血児では肌の色が黒かったり、髪の毛が縮れていたり、目が青かったりすることが無いから、他人からの見た目で判別がつきにくく顕在化することがないことにも拠ります。

一方「混血児がいない」と言うのを否定する人は

強姦の上殺害された。
被害者が子を生めない体になった。
望んで妊娠した訳でないから中絶した。堕胎した。嬰児を殺した(間引き)、棄てた。
親子心中した。
混血児ということを隠して育てた。
という理由を述べています。もちろん理由としてはもっともでしょう。

ただ「証拠を見せろ」と言われると、南京の医師の証言記録があるものの、そう多くはありません。
中国では「間引き」の習慣が古くからあり、現代でも女児はその運命に晒されています。
当然強姦での子の多くも「間引き」されたと考えても不思議ではありません。

日本での水子供養の習慣は1970年代からであり、それも墓石屋と寺がタイアップして広めたということで、中国では供養碑のようなものは存在もせず、単に闇に葬られただけで記録には当然残らなかったのです。


でも私は、ほとんどの混血児が問題にならない理由は被害者の方にあるからと思うのです。
仮に混血児が多数生まれたとしても、中国の場合、敵兵の子と知れれば親子ともども迫害に遭うのは目に見えているので、当然中国人として育てたと考えられます。
日本人の子、中国残留孤児でも中国人として育てられたのですから、母親似の混血児なら尚更当然でしょう。

そして最も重要なのはその親子関係です
子に対して母親は「あなたは私が日本兵に強姦されて生まれた子」とは決して言わなかったでしょう。
そのひとことで親子の絆が切れてしまいます。
またその被害を世間に知れれば子が二次被害を受けるのですから、「望んで妊娠したわけではない」のを隠して生きてきたに違いありません。


フィリピンではどうだったかというと、ほとんどがカトリック信者なので、中絶せず混血児も多く生まれました。
スペイン統治時代から混血児は非常に多く、アメリカ統治時代に移ってもそれは変わりませんでしたし、マレー系、中国系の混血もすすんでいました。そして戦前から日本人も多く移住していて混血児も多数いました。

ただ日本軍占領後は反日感情が強くなり27万人の反日ゲリラの存在でも明らかなように、占領政策は失敗しています。
民間日本人はもとよりその現地妻や子(日比混血児)も当然敵視され、終戦までジャングルに逃げ込んだりして息を潜めるように過ごさざるを得ませんでした。そんな時代に強姦での混血児はフィリピン人として社会に溶け込んだものと考えられます。


フィリピン残留日本人二世(残留孤児 約3000人)の多くも母親がフィリピン人です。
そのひとりサカガワ・トミコさん現地名イレネアさんの場合
「父親は爆撃に巻き込まれ死亡しました。」
サカガワさんは「家族とともに山奥に逃げ込みましたが、4人の兄弟は餓死。」サカガワさんだけが生き延びました。
「反日感情が根強く残っていた1980年代末まで、日本人であることを隠して生きてきました。」

反日感情も収まってきたのは最近のことですがネトウヨはフィリピンは親日国だとして、過去の日比関係を理解しようとしませんね。そして「コピーノ」を取り上げるくせに約10万人いるとされる日本人男性とフィリピン人女性との間で生まれ育児放棄された「ジャピーノ」には無視を決め込んでいます。




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フィリピンマニラでのデモ

We are VICTIMS of JAPANS' MILITARY SEXUAL SLAVERY
 私達は日本軍性奴隷の被害者だ

WE WERE FORCED 強制された

WE WERE ABUSED 虐待された

WE WERE VIOLATED 犯された

WE WERE RAPED レイプされた

by JAPANESE MILITARY during WORLD WAR II





マレーやインドネシアなどでも出生の秘密を隠し続けたのは容易に想像がつきます。

仮に被害者の多くが混血児を問題にするならば、心無いウヨクは混血児の父親を特定できないのをいい事に、「売春婦が生んだ私生児だ」と言い張り、更に二次被害、三次被害を拡散させるだけでしょう。
テキサス親父とも仲のいい西村修平氏(主権回復を目指す会・代表)
「世界の常識だ。不貞の子どもは差別される」としたうえ、差別撤廃を訴える人に対し「何回でも言ってやる。私生児が。私生児が」と発言。



日本でも戦後進駐軍との混血児は強姦被害のうえでの子であっても一様に「パンパンの子」として蔑んだ人が大勢います。「エリザベス・サンダースホーム」の澤田女史のように混血児に寄り添う人は少数でしたね。

「戦後混乱期には成育を望まれず死産として事態を収めるケースも多くあった。横浜にある根岸外国人墓地には、800-900体もの「GIベビー」が埋葬されており、、、」Wikipedia
しかし最近GIベビーの記述が案内板から削除、書き換えられました。
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6170725
負の歴史の隠蔽が行われています。

1953年の厚生省調査によると国内で4972人が確認されています。パール・バック財団の調査によると少なくとも2-3万人にのぼるともいわれ、20万人という説もあります。





ところが進駐軍による強姦や強姦致死、被害者の自死の人数が万単位であった事実は知られていますが、日本人が大規模抗議行動や暴動を起こした記録は残っていません。

「デモや暴動も起こっていないのだから、強制連行はなかった」という人でも
「デモや暴動も起こっていないのだから、米兵の強姦はなかった」とは言いませんね。




「自虐史観の洗脳が解ける魔法の質問ー慰安婦強制連行について」というネトウヨサイトでは
「女たちの強制連行を前に韓国の男たちは何をしてたの?」と1933年の東亜日報の記事を掲示しています。

1933年6月30日「東亜日報」
注:1940年以降のこうした記事の記録は見つかっていません。なぜでしょう?また新聞記事は慰安婦とは直接関係ありません。





「女たちへのレイプを前に日本の男たちは何をしてたの?」


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注:当時はGHQの検閲があったので、米兵の暴行・強姦事件のほとんどは新聞記事にされませんでした。
でも日本の史実を語れば「自虐」になるそうです。
唯一沖縄では米軍施政下当時のコザ(現沖縄市)で暴動が起きています。また1995年の「少女暴行(強姦)事件」では8.5万人もの大規模な県民抗議集会が行われました。


また満州・朝鮮でも「デモや暴動も起こっていない」し、「日露混血児はいなかったのでソ連軍による日本の婦女子への強姦はなかった」とも言えませんね。


しかし右派が混血児を持ち出すのは、韓国・ベトナム混血児「ライタイハン」との対比を意識しているからです。
しかも「ライタイハン」の多くが韓国軍による強姦の結果だと歪曲しています
強姦被害による混血児よりも大多数は韓国人のビジネスマンが現地妻に産ませた挙句に養育放棄したのが実情です。数については2千(野村進)~3万(釜山日報)と諸説有。また9割は韓国人ビジネスマンとの子との指摘もある
韓国人男性とフィリピン人女性との間に生まれた所謂「コピノ」と同様です。強姦ではないので、それらの父親はある程度特定できているから表立って問題となっているのです。


「ベトナムには最大で3万人のライダイハンがいると推計される。その多くは戦争終結後、ベトナムに流入した韓国人ビジネスマンと現地女性の間にできた子供と言われるが、韓国兵のレイプによって生まれたライダイハンがいるのは紛れもない事実だ。韓国兵が現地の売春婦を妊娠させるケースも少なくなかった。」
「私が韓国兵とよく遊びに行ったのは、猛虎師団の基地があったビンディン省クイニョン市内のバーです。ここでは、気に入った女性がいるとわずかなチップで外に連れ出すことができた。のちに私が引き取った子供も、そうした女性と韓国兵の間に生まれたライダイハンです」ライダイハンの里親になったチャン・デュイ・リエムさん

SAPIO2014年8月号にはこういった記事が掲載されましたが、ネトウヨの間では「韓国兵のレイプによって生まれたライダイハンがいるのは紛れもない事実だ。」だけが拡散され、「その多くはベトナムに流入した韓国人ビジネスマンと現地女性の間にできた子供」を完全無視するいつものパターンが横行しています。
SAPIOは例によって「紛れもない事実」を証明せずに「売春婦の子」だと言う証言だけに留まっています。
本来ならSAPIOのような右派雑誌は強姦の結果生まれた混血児を見つけたいのでしょうが、それを証明するのが非常に困難だということを物語っています。
 
限りなくウソに近いと言うだけでなく、強姦による混血児を証明することが非常に困難であるのを知りつつも、歴史否定論のために間接的であってもそれを持ち出すのは卑劣であり、また「ライタンハン」たちにとっても迷惑どろこか、それを拡散し続けて「強姦のうえに生まれたんじゃないか?」「私は強姦を犯した犯罪者の血を引いているのか?」との疑念が「ライタイハン」の中に生じる事でもあれば、甚だしい人権侵害となるでしょう。

ウヨが持ち出すライダイハンについて、仮に韓国軍によるレイプによるものがあったとしても、日本軍慰安婦や皇軍のレイプが免罪される訳では決してありません。
また
http://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20100202/p1
亜門大介(HN)氏のブログでは、より詳しくウヨのライダイハンに関する捏造が指摘されています。



ネトウヨは自分好みの「歴史」を語るうえで、そういった人を蔑む行為に何等罪悪感を持たない心の持ち主と言われても仕方ありませんね。


考えてみると、強姦被害による混血児は悲しい運命の下に生まれ、母子ともども苦労したのは容易に想像がつきます。
1、相手の名前や身分が分からない
2、母方の国でも迫害に遭う
3、加害者が特定できないので賠償や養育費を請求できない
4、心無い人から兵に体を売った淫売の子だと白眼視される
5、混血児を隠していれば、強姦はなかったと言われる 

根が深い問題です。

追記

「混血児」という言葉の差別性について


「混血児」は、「純血児」との対比で使われています。「純血」と「混血」は、対等な関係になく、「純血」が優位に、「混血」が劣位に置かれた上下関係にあるもとして使われています。子どもは、あくまで個人としての父母の間に生まれるものであり、父母の間の人種や民族や国籍の違いにより差別されるべきではないと思います。


「日本人の父母の間に生まれて来た場合も、母親と父親の「血が混じって」生まれてくることには違いないので、人種や民族や国籍が異なる父母の間から生まれてくる子どもと同様に「混血児」と呼ばれてよいはずですが、前者の場合は、通常呼称がなく、ただ、後者の場合の「混血児」と対比された場合にのみ、「純血児」と呼ばれます。実際問題としても、人種や民族や国籍の異なる父母により生まれてきた子どもが、日本社会の中の地域や、学校で「混血児」と呼ばれていじめられてきています。この場合、「混血児」が、侮蔑的意味で使われているのに対して、仮に反論として「純血児」といったところで侮蔑的意味にはなりません。このことからも「混血児」が差別的表現であることは、あきらかだと思います。」
とするNGOの見解を紹介しておきます。

確かに「混血児」を使った表現の場合と「ハーフ」と言う場合は明らかにニュアンスは違いますね。 

沖縄では行政もマスコミも「国際児」ないし「アメラジアン」(Amerasian)を使用しています。






最後に面白いデータを目にしたので、貼っておきます。 


未成年の強姦犯検挙人数と少年人口(10~19歳)10万人当りの比率 警察庁「犯罪統計書」による

               人数 人口比
  1941年 昭16年  255人  1.60
  1942年 昭17年  328人  2.03
  1943年 昭18年  335人  2.05
  1944年 昭19年  294人  1.78

直近のデータは
  2015年 平27年   78人   0.2以下 

戦前は公娼制度がありましたし、所謂「筆おろし」に多くの若者が利用したと言います。
でもこのデータは何を物語っているのでしょう。
日本の内地においては1941年の灯火管制下の治安維持のために戦時犯罪処罰ノ特例ニ関スル法律を制定し、性犯罪の厳罰化が図られた(京都大学グローバルCOE「帝国日本の戦時性暴力」,p6-7)とされますが、戦中においても現在の十倍もの強姦犯罪が起きていますね。


強姦を防ぐのに公娼制度が有効だったのかという単純な疑問が沸きます。

 

続・続慰安婦騒動を考える

あるネトウヨブログ(続慰安婦騒動を考える)で最近次のような記事がUPされていました。

[慰安婦の背景] 16で娘を売り18歳で再び娼妓に(昭和の凶作)(東京日日 1932.6.17)
の記事をもとに

「当時の毎日新聞(東京日日)の記事に見られるように「罪悪か否かの問題ではない。そうしなければ当面の生活が維持でき」なかったからである。生活が維持できないと言っても、現代とは違う。一家離散か下手をすれば全滅する。」

所謂人道上、人身売買は必要悪だったと言いたい訳でしょうか。

二・二六事件はそういった東北飢饉による身売りを黙認・放置していた時の政権の態度にも反旗を翻した若手将校が決起したもので、政策の貧困を非難することがあっても、単純に「仕方なかった」なんて評価は人権意識の欠落した人のいい訳でしかありませんね。

1932年以降は終戦直後の食糧不足の時期に餓死者が増えるまで、そもそも大飢饉はなく、餓死者の人数も顕著ではありませんでした。
従って貧困は顕在化していたとしても、慰安婦制度が確立した後は幸いにも大量餓死に至る状況からは脱していたのです。つまり「罪悪か否かの問題ではない」という時期は過ぎていたわけです。
従って慰安婦問題には直結しない歴史事象を持ち出すのもおかしいですね。


「軍が慰安所(売春宿)を誘致したら、「≒人身売買の犠牲者」がいるのは当たり前で、アレックス・ダデンが言うような日本政府による犯罪ではない。なにより「≒人身売買の犠牲者」は、日本人も同じであった。」
「ようするに、日本の植民地と占領地から、貧しく弱い立場にいた若い女性を搾取したという点において、特筆すべきものと言い切った『187人声明』に署名した日本研究者は、日本の中学生程度の日本史の知識もなかったということである。」 

日本国内でも「人身売買の犠牲者」がいたので、植民地や占領地からの慰安婦も日本の慰安婦と同列だから特筆する必要がないとでも言いたいのでしょうか?珍妙な理屈です。
1932年当時から多少状況が違うにせよ、国内の娼妓に関しては「娼妓取締規則」の基、廃業の自由や自由意志の尊重といった最低限の建前は存在しましたが、植民地・占領地ではその建前すら存在しませんでした。
(植民地・占領地において「娼妓取締規則」が準用されたという証拠があったらご教示願いたいものです。)
人身売買だけでなく、特筆される理由があったのです。


建前でも犠牲者を出さないのが、本来の国民を護るという国政の基礎であるべきなのに、軍の強い要請によりそれを怠ったのは、犯罪行為のなにものでもありません。少なくとも不作為の違法=犯罪という認識に及ばないのはブログ主が中学生程度の法意識も持ち合わせていないという事ですね。



慰安婦は高給取りだったのか?3

「特要員と言う名の部隊」(元海軍中尉 重村賞)を記した重村氏の話がネトウヨによく引用されています。

 「彼女達は大体当時四、五千円の前借金によって前線に赴いたが、契約期間の標準は1ヵ年位であった。これを早い者は僅か三ヵ月普通六ヵ月位で返済したということであるから、その過重な労苦は到底われわれには想像出来ない。」
誰からかの伝聞か想像でしょうが、例によって検証してみましょう。

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上文書は海軍の慰安所規定1945年当時のものです。「松ノ家」という下士官・一般兵専用慰安所の料金が規定されています。

利用料金は兵2円下士官3円とありますので、1日26人対応として、兵14人下士官12人※と仮定します。
1日の売り上げ64円、慰安婦取り分は前借があるので40%の25.6円 1ヶ月(30日)で768円
毎日26人と「過重な労苦は到底われわれには想像出来ない」状況を半年間も続ける事ができるとはとても考えられません。


ラバウルの日本人慰安婦の話では
「その頃(注:ミンダナオ島のタバオにいた時)は、現役の若い兵隊さんばかりで一日7、8人が限度、楽じゃないけど体を悪くすることはありませんでした。半年ぐらい働いて、 去年の10月末にこのラボウルに来たんです。ここでは、大きな部隊(38師団<名古屋>)の専属になって、とても忙しかったんです。毎日朝から12、3人もの兵隊さんの相手をさせられてお金にはなりましたけど、辛いんですよ。それで、辛いというと、「最前線の女は、一日30人もの相手をするのに、お前たちはなんだ」と叱られるのです。でも30人なんてとても、せいぜい20人がやっと、1週間も続いたら体を悪くしますよ。」「青年将校と慰安婦」谷川美津枝著

「過重な労苦」が真実というのなら慰安婦が性奴隷状態におかれた確かな証明になります。



それでも、もし出来たとしても合計4608円くらいです。
借金返済(元金)5000円は半年で返済できません。ましてや3ヶ月で返済とは到底考えられませんね。
しかも1945年以前は陸軍規定と同様に兵は1.5円だったとしたら、半年では4100円です。

利息や天引きされた生活費を考えると1年では多額の貯金もなかなか難しかったのではないでしょうか?
まあ仮に貯金できても軍票ですから、額面通りの価値は当然ないですね。

それにしても1年契約で4000~5000円も貸す業者が本当にいたのでしょうか?
話の信憑性が大きく疑われます。

日本人元慰安婦の証言 「日本人慰安婦」2015 から抜粋

鈴本文(当時18歳!) 1942年トラック島 前借金 2300円業者の説明「軍が借金を肩代わり」
島田美子仮名(39歳) 1939年満州          1000円        「軍は嘘をつかない」
笠原フジ(37歳)    1937年上海          1000円               「慰安所が軍直営」
水野イク(43歳)    1943年パラオ         2000円



しかも重村氏は次のようにも述べています。


「民政部関係の従軍文官や報道部関係の従軍班員は、時問的にも経済的にも恵まれていたので、彼女達を独占する機会もあり、物議をかもす中心となった者もいた。しかし一番ちゃっかりしていたのは、彼女達を直接管理する立場にあった特権階級がいたことである。
配給や移動を取扱う者が絶対の権能を有していたことは、何処の社会でも、何時の時代でも同じことだった。」

ようですから、特権階級によって慰安婦が半ば「私物化」されていたとすれば、彼女らの稼ぎも計算どおりの額には到底及ばなかったでしょう。 

このような「慰安婦は高給取だった」という話もじっくり考えると、矛盾が露呈してきますね。 

※10~17時(7時間休み無) 兵利用(30分)14人、17時~24時(7時間-休憩1時間)下士官利用12人


 ウヨはまた高給説で次のような文を引用しています。

吉原で10年暮らした高安やえは、「戦地へ行けば10倍稼げるし・・・・稼いだら内地に帰って商売を始めようと考えてラバウルへ・・・・一人5分と限り、一晩に200円や300円稼ぐのはわけがなかった」と回想している(高安やえ「女のラバウル小唄」『続戦中派の遺言女性版』櫂書房1979年)。
「慰安婦と戦場の性」秦郁彦 P392

しかしこの内容は慰安所では全くなく、軍に売春を黙認されていたラバウルの「小料理屋」の例です。
現在の大阪飛田にあるようなものです。しかも将校がおもに利用していたのです。

秦郁彦氏はいかにも慰安婦が高給であったと錯覚させるための誘導として、原文トリミングと”
一人5分と限り”という原文にない加筆をしているのです。



原文
「(そこでシンガポール、バンコク、海南島、マニラと移り)最後はラバウルだった。ラバウルが一番稼ぎになったし、面白かった」
「私はそこで××という小料理屋のおかみの代理みたいなことをやって、女の子たちの監督もやっていたんです。もちろん私自身も体を売ったわよ」
「××は海軍専用の小料理屋、といっても目的は女よね」
「飲んでいるうちに手をひっぱってちょんの間をやるの。そして終わると20円か30円くらい握らせて、また仲間のところへ行って飲むのね。すると今度は別の若い将校さんが手を握って。だから一晩に200円や300円稼ぐのわけはなかったわ(注・当時大学を出て初任給が80円か100円だった)」


また秦郁彦氏は高給説をでっち上げるために”高安やえ「女のラバウル小唄」”をインチキ引用していますが、前文章のあとには以下の文が続きます。

「あなた、女が戦地に行って、汗くさいけだもののような男たちに体のすみずみまでなぶられて、嬉しがるとでも思うの。みんな、お金のため、貧乏で食えないから、じっと歯を食いしばっているんじゃないの。あなたは男性だからわからないでしょうが、女の体は、生身なのよ、機械じゃないのよ。その生身の体に、飢えた男たちが50人、100人と続けざまにさいなんできてごらんなさい、どうなると思う。もう真赤にはれあがって、傷だらけになって、足なんか閉じていられない、歩くのだってガニ股でやっとなのよ。それでも翌日はまた男に抱かれなければならないと思うから、冷たい水で一生懸命ひやして、涙をぼろぼろこぼして、私、朝鮮の女性たちが、そうやってお互い助けいたわりあっている風景を何度も見たわ。そんな時、私は女ってかなしいなァって何度泣いたかしれません。」 

秦郁彦氏は肝心の慰安所の様子を紹介していません。





 

「2015年日韓歴史問題に関して日本の知識人は声明する」に対するネトウヨのイチャモン

あるネトウヨのブログで
「反証できない日本の知識人281人の声明は学者生命の危機を招く」
と題し、「声明」に対するイチャモンを書いています。
 敢えてリンクを貼りません、キーワード検索すれば見つかる筈です。


「もう、声明はいい。 早く、証拠を出せ」というのが、日本政府と国民の声だ!」

「彼らの話の内容は学術的な根拠に基づくものではなく、慰安婦の主張と全く同じで、「慰安婦は性奴隷などではなく、朝鮮戦争時の慰安婦同様に、単なる売春婦であった」という説を覆す根拠は、何一つとして示されていない。」

この主張って以前に紹介した藤岡信勝氏のFaceBookに転載された関野通夫氏のコメントと同じようなものです。
この手のイチャモンは右派のワンパターンです。


早く証拠を出せといいますが、少なくとも日本政府はその証拠資料の存在は当然知っています。 
政府機関や国立公文書館に多数の資料が保管されています。

国民と言っても慰安婦問題に全く興味のない人は証拠の存在も知らないでしょうが、 興味がないので「証拠を出せ」なんて言いません。
「証拠を出せ」と思っている国民はいるでしょうが2つのタイプがあると思います。
自己の考え以外は受け入れない人と知識として必要としている人に分けられると思います。
そして前者は更に分けられます。証拠が提示されてもまともに見ない人と、それを見て反証しようと試みる人。
後者は新たな知識として吸収し自己の考えをより深めようとする人。
の2者です。
しかし後者のほとんどは既に、慰安婦問題にある程度知識を持った人です。そして情報の入手の方法もある程度心得ていて、「証拠」には興味があるが、でも「証拠を出せ」というような無礼な発言はしないでしょう。

何度もいいますが、「声明」に分厚い本になるような事まで書かないのは当然でしょう。

ブログ主は右派以外の主張に誠実に向き合っているとは思えません。進化論を否定して「ノアの箱舟」を頑なに信じる原理主義者と同じ思考停止に陥っているようですから。
本当に知ろうと思えばいくらでも方法があります。
なんの努力もせず証拠を出せと言う前に、名を連ねた知識人なり歴史家の著作を読んだり、ネット上の主張を吟味するべきでしょう。

というページがあります。いくらでも簡単にその証拠が見れますよ

しかしこのブログ主は証拠を出されても反証の努力もしないのは目に見えています。
「朝鮮戦争時の慰安婦同様に、単なる売春婦であった」
と朝鮮戦争時の慰安婦も単なる売春婦と言っているわけですから。

と建前を述べましたが、このブログの趣旨、「それってウソでしょ」に書いたのには訳があります。
コメント欄に書き込む、その辺に転がっているネトウヨや2~3行を2chに書き込み放置する無知なネトウヨとは違い、そのブログ主は「証拠」をある程度知っていると思うからです。
自ブログでそれなりの記事を書こうと思えば、色んな情報を目にしている筈です。
それでもなお、「証拠」を示せという態度は「証拠」なんてないだろうと言って、「証拠」がないと思わせるウソを言っているのです。
そのブログ主の目的は「知識人281人」に証拠を求める事ではなく、「証拠なんてない」とブログ読者に思わせることに主眼を置いているのです。

要は孤立したネトウヨ君に「オカズ」を提供しているだけの話でしょう。
ブログ主にしてみれば、読者が「今日も元気だ「オカズ」がうまい!シコシコ・・・」と思ってもらえば嬉しい限りということでしょう。



最後にネトウヨが”サヨク”とひとくくりにする声明に名を連ねた知識人一覧を貼っておきます。

******************
2015年日韓歴史問題に関して日本の知識人は声明する
                2015年6月8日
 2010年に「韓国併合」100年日韓知識人共同声明を出した私たちは、今日の日韓関係を危機に陥れている歴史問題について新たに声明を出すことにしました。準備中にアメリカの187人の日本研究者の「日本の歴史家を支持する声明 Open letter in support of historians in Japan 」が出ました。それに応える気持もこめました。なお「日本の知識人」は intellectuals in Japan の意味です。
 このたびの声明では、慰安婦問題の解決ということに重点をおきました。そのさい、日韓の運動体が2014年6月に提起した解決案に言及しました。

 今日までに署名者は、鹿野政直(早稲田大学名誉教授)、三谷太一郎(東京大学名誉教授)、李成市(早稲田大学教授)、趙景達(千葉大学教授)、木畑洋一(成城大学教授)、藤間生大(日本史家、102歳)、永井和(京都大学教授)、新崎盛暉(沖縄大学名誉教授)、姜尚中(東京大学名誉教授)、山下英愛(文教大学教授)、石田雄(東京大学名誉教授)、金石範(作家)、小林久公(強制動員真相究明ネットワーク事務局次長)、花房俊雄(関釜裁判を支援する会元代表)、渡辺美奈(日本軍「慰安婦」問題解決全国行動共同代表)東海林勤(高麗博物館理事)ら歴史家、学者研究者、文筆家、編集者、弁護士、社会活動家、宗教者など270人に達しました。
 発起人は以下の17人です。石坂浩一(立教大学准教授・韓国社会論)上野千鶴子(東京大学名誉教授・女性学)内海愛子(大阪経法大学アジア太平洋研究センター特任教授)太田修(同志社大学教授・朝鮮史)小田川興(在韓被爆者問題市民委員会代表)糟谷憲一(一橋大学名誉教授・朝鮮史)高崎宗司(津田塾大学名誉教授・日本史)田中宏(一橋大学名誉教授・戦後補償問題)外村大(東京大学准教授・朝鮮史)中塚明(奈良女子大名誉教授・日朝関係史)林博史(関東学院大学教授・日本現代史)水野直樹(京都大学教授・朝鮮史)宮田節子(学習院大学東洋文化研究所客員研究員・元朝鮮史研究会会長)山田昭次(立教大学名誉教授・日本史)矢野秀喜(日韓つながり直しキャンペーン2015事務局)吉沢文寿(新潟国際情報大学教授・朝鮮史)和田春樹(東京大学名誉教授・歴史学)
   
 連絡先 178-0061 東京都練馬区大泉学園町7-6-5 和田春樹
                       03-3922-1219
2015年日韓歴史問題に関して日本の知識人は声明する
署名者(281名) 6月8日現在                 
* 発起人
歴史家(127名)                                                            
浅井義弘(大阪歴史教育者協議会事務局長)庵逧由香(立命館大学教員・朝鮮史)李景珉(札幌大学教授・朝鮮史/朝鮮政治論)李成市(早稲田大学教授・朝鮮史)李省展(恵泉女学園大学大学院教授・東アジア近代史)李熒娘(中央大学教授・日本近代史)猪飼隆明(大阪大学名誉教授・日本近代史)井口和起(京都府立大学名誉教授・日本史)石田憲(千葉大学教授・ヨーロッパ政治史)石田勇治(東京大学教授・ドイツ現代史)石山久男(歴史教育者協議会会員)伊藤正子(京都大学アジア・アフリカ地域研究科准教授・ベトナム史)井上和枝(鹿児島国際大学教授・朝鮮女性史)井上勝生(北海道大学名誉教授・日本史)衣斐義之(郷土史家)井本三夫(元茨城大学理学部教授・歴史科学協議会会員・日本近代史)宇野田尚武(大阪大学准教授・日本思想史)*内海愛子(大阪経法大学アジア太平洋研究センター特任教授)*太田修(同志社大学教授・朝鮮史)近江吉明(専修大学教授・フランス史)大橋幸泰(早稲田大学教員・日本近世史)大沼久夫(共愛学園前橋国際大学教授・朝鮮現代史)大野一夫(歴史教育者協議会前事務局長)大平聡(宮城学院女子大学教員・日本古代史)岡百合子(朝鮮史研究会会員)小山田紀子(新潟国際情報大学教授・アルジェリア史)笠原十九司(都留文科大学名誉教授・東アジア近現代史)*糟谷憲一(一橋大学名誉教授・朝鮮史)加瀬和俊(帝京大学教授・日本経済史)鹿野政直(早稲田大学名誉教授・日本史)加納格(法政大学教授・ロシア近現代史)川岡勉(愛媛大学教授・日本史)河西英通(広島大学教授・日本史)姜在彦(元花園大学客員教授・朝鮮近代史)康成銀(朝鮮大学校副学長・朝鮮近代史)姜徳相(在日韓人歴史資料館館長・朝鮮史)北島万次(元共立女子大学教授・日本史)貴堂嘉之(一橋大学教員・アメリカ史)木畑洋一(成城大学教授・国際関係史)喜安朗(日本女子大学名誉教授・フランス史)黒瀬郁二(鹿児島国際大学教員・日本史)金成浩(琉球大学教授・国際関係史)木村茂光(帝京大学教授・日本史)権純哲(埼玉大学教授・朝鮮史)古賀清敬(北星学園大学教授)古関彰一(獨協大学名誉教授・憲政史)小谷汪之(東京都立大学名誉教授・インド史)近藤成一(東京大学教授・日本中世史)斉藤利男(弘前大学名誉教授・日本史)坂元ひろ子(一橋大学特任教授・中国近現代思想文化史)坂本昇(歴史教育者協議会副委員長)坂本悠一(立命館大学社会システム研究所上席研究員・日本経済史)桜井千恵美(歴史教育者協議会)佐々木隆爾(東京都立大学名誉教授・日本現代史)佐々木洋子(帯広畜産大学准教授・西洋史)佐藤伸雄(元歴史教育者協議会委員長)芝原拓自(大阪大学名誉教授・日本近代史)新藤通弘(アジア・アフリカ研究所所員・ラテンアメリカ現代史)須田努(明治大学情報コミュニケーション学部教授・日本史)高木博義(南原繁研究会会員)*高崎宗司(津田塾大学名誉教授・日本史)高橋昌明(神戸大学名誉教授・日本史)竹内光浩(専修大学非常勤講師・日本中世史)*田中宏(一橋大学名誉教授・戦後補償問題)田中正敬(専修大学教授・朝鮮史)趙景達(千葉大学教授・朝鮮史)塚田勲(未来をひらく歴史学習会講師)藤間生大(元熊本学園大学教授・日本史)*外村大(東京大学准教授・朝鮮史)永井和(京都大学教授・日本史)中内輝彦(徳島県歴史教育者協議会会長)仲尾宏(京都造形芸術大学客員教授)中小路純(前文教大学講師・日本近世史)永岑三千輝(横浜市立大学名誉教授・ドイツ史)*中塚明(奈良女子大学名誉教授・日朝関係史)長沼宗昭(日本大学教授・ドイツ近代史)中村平治(東京外語大学名誉教授・インド史)西村汎子(白梅学園短大名誉教授・日本女性史)新田康二(三重県歴史教育者協議会委員長)貫井正之(朝鮮史研究者)野村育世(女性史研究者)*林博史(関東学院大学教授・日本現代史)林雄介(明星大学人文学部教授・朝鮮史)原朗(東京大学名誉教授・日本経済史)樋口雄一(高麗博物館館長)平井和子(一橋大学特任講師・女性史/ジェンダー史)広瀬健夫(元信州大学教授・歴史学)広瀬貞三(福岡大学教授・朝鮮史)広瀬玲子(北海道情報大学教授・日本史)邊英浩(都留文科大学教授・韓国思想史)深澤安博(茨木大学名誉教授・スペイン現代史)深谷克己(早稲田大学名誉教授・日本史)藤岡寛己(福岡国際大学教授・イタリア現代史)藤澤房俊(東京経済大学名誉教授・イタリア近代史)藤田明良(天理大学教授・日本史)藤永壮(大阪産業大学教員・朝鮮史)藤本和貴夫(大阪経済法科大学教授・ロシア史)古谷博(歴史教育者協議会編集部員)洪宗郁(同志社大学准教授・朝鮮史)松尾章一(法政大学名誉教授・日本近代史)松尾寿(島根大学名誉教授・日本近世史)松沢哲成(日本近代史研究者)松沢弘陽(北海道大学名誉教授・日本政治思想史)松永育男(歴史教育者協議会会員)松本通孝(立正大学非常勤講師・世界史教育)*水野直樹(京都大学教授・朝鮮史)三谷太一郎(政治学者)南塚信吾(NPО・IF家世界史研究所所長)三橋広夫(日本福祉大学教授・日韓歴史教育)三宅明正(千葉大学教授・日本現代史)三宅立(元明治大学教授・ドイツ近現代史)*宮田節子(学習院大学東洋文化研究所客員研究員・元朝鮮史研究会会長)宮田光雄(東北大学名誉教授・政治思想史)村上史郎(元慶應義塾大学非常勤講師・日本古代史)百瀬宏(津田塾大学名誉教授・国際関係史)森村敏己(一橋大学大学院教授・フランス社会思想史)柳沢治(首都大学東京名誉教授・ヨーロッパ経済史)矢沢康祐(専修大学名誉教授・朝鮮史)山田渉(元宮崎大学講師・日本史)*山田昭次(立教大学名誉教授・日本史)山本義彦(静岡大学名誉教授・近代日本経済史)劉孝鐘(和光大学教授・ロシア朝鮮史)*吉沢文寿(新潟国際情報大学教授・朝鮮史)吉田裕(一橋大学大学院教授・日本現代史)吉野誠(東海大学教授・朝鮮史)米田佐代子(女性史研究者)*和田春樹(東京大学名誉教授・歴史学)
学者研究者(58名)
阿部浩己(神奈川大学教授・国際法)荒井献(東京大学名誉教授・聖書学)荒川護(鹿児島大学名誉教授・ドイツ現代社会文化研究)新崎盛暉(沖縄大学名誉教授・沖縄問題)李鋼哲(北陸大学教授・朝鮮人ネットワーク研究)李順愛(早稲田大学非常勤講師・女性学)李泳采(恵泉女学園大学国際社会学科准教授)*石坂浩一(立教大学准教授・韓国社会論)石田雄(東京大学名誉教授・政治学)出水薫(九州大学大学院教授・韓国政治)岩間暁子(立教大学教授・社会学)*上野千鶴子(東京大学名誉教授・女性学)上杉聡(元大阪市立大学教授)鵜飼哲(一橋大学教授・フランス文学)岡野八代(同志社大学教員・政治思想史/女性学) 尾花清(大東文化大学教授・教育学)加藤節(成蹊大学名誉教授・政治学)川村湊(文芸評論家・法政大学教授)姜尚中(東京大学名誉教授・政治学)康宗憲(韓国問題研究所代表)北沢洋子(国際問題評論家)金栄鎬(広島市立大学教授・政治学)栗原彬(立教大学名誉教授・社会学)小林知子(福岡教育大学教授・国際関係学)小牧輝夫(大阪経済法科大学客員教授・現代韓国朝鮮論)坂井俊樹(東京学芸大学教授・社会科教育/現代韓国教育)佐野通夫(こども教育宝仙大学教授)志水紀代子(追手門学院大学名誉教授・女性学)進藤栄一(筑波大学名誉教授)杉田聡(帯広畜産大学教員・哲学)鈴木文子(佛教大学歴史学部教授)鈴木道彦(フランス文学者)徐京植(東京経済大学教授)徐龍達(桃山学院大学名誉教授・在日韓朝鮮大学人協会会長)竹中恵美子(大阪市立大学名誉教授・労働経済学)田中克彦(一橋大学名誉教授・言語学)千葉眞(国際基督教大学教養学部特任教授・政治思想)戸塚悦朗(元龍谷大学教授・国際人権法)戸塚秀夫(東京大学名誉教授・労働問題)永野慎一郎(大東文化大学名誉教授・国際政治)中山弘正(元明治学院院長・経済学)西尾達雄(北海道大学特任教授・体育学)西田勝(植民地文化学会代表・文芸評論家)二谷貞夫(上越教育大学名誉教授・世界史教育)林大樹(一橋大学教授・コミュニティ政策論/社会組織論)樋口陽一(憲法学者)菱木一美(広島修道大学名誉教授・国際政治)平川均(名古屋大学名誉教授・経済学)平田賢一(大阪経済法科大学アジア研究センター客員研究員)古川美佳(韓国美術文化研究者)布袋敏博(早稲田大学教授・朝鮮文学)間宮陽介(青山学院大学特任教授・経済学)水野邦彦(北海学園大学教授・韓国社会経済論)宮崎勇(経済学者・元経済企画庁長官)宮本憲一(大阪市立大学名誉教授・財政学)山下英愛(文京大学教授・女性学)山本俊正(関西学院大学教授・キリスト教平和学)梁官洙(大阪経済法科大学教授)
作家・芸術家・映画監督(10名)
石川逸子(詩人)伊藤孝司(フォトジャーナリスト)井出孫六(著述業)金石範(作家)高史明(作家)崔善愛(ピアニスト)朴慶南(作家)玄順恵(水墨画家・作家)前田憲二(映画監督・NPO法人ハヌルハウス代表理事)宮田毬栄(エッセイスト)
弁護士・医師(7名)
内田雅敏(弁護士)金優(病院長)高木健一(弁護士)床井茂(弁護士)松田生朗(弁護士)南典男(弁護士)梁英子(弁護士)
ジャーナリスト・出版人(13名)
石井昭男(明石書店会長)岡本厚(雑誌『世界』前編集長)清宮美稚子(雑誌『世界』編集長)斉藤貴男(ジャーナリスト)関正則(編集者)谷内真理子(フリー・ジャーナリスト)長沼節夫(ジャーナリスト)中村輝子(ジャーナリスト)波佐場清(元朝日新聞編集委員・大学講師)羽田ゆみ子(梨の木舎代表)原壽雄(ジャーナリスト)前田哲男(ジャーナリスト)松本昌次(編集者)
社会活動家(48名)
青柳純一(コリア文庫共同代表・翻訳家)青柳優子(コリア文庫共同代表・翻訳家)浅川保(山梨平和ミュージアム理事長)李一満(東京朝鮮人強制連行真相調査団事務局長)石橋正夫(日朝協会会長)池田万佐代(ℐ女性会議事務局次長)内田純音(日朝国交促進国民協会事務局次長)梅林宏道(NPО法人ピースデポ特別顧問)大槻和子(東京日朝女性の集い)*小田川興(在韓被爆者問題市民委員会代表)加茂千恵(朝鮮女性と連帯する凾館の会事務局長)河明生(日本テコンドー協会会長)河合秀二郎(元東京都議会議員)北川広和(日韓分析編集・関東学院大学講師)小林久公(強制動員真相究明ネットワーク事務局次長)佐藤久(現代語学塾事務局長・翻訳者)重藤都(東京日朝女性の集い世話人)篠原日出子(かながわ朝鮮女性と連帯する会副代表)新藤允(東アジアの平和と友好を求める民衆の会結成準備会)曽我昭子(東京日朝女性の集い)高橋広子(ℐ女性会議中央本部共同代表)建部玲子(青森県朝鮮女性と連帯する会代表)俵義文(子どもと教科書全国ネット21事務局長・立正大学非常勤講師)鄭香均(都庁国籍任用差別裁判原告)都相太(NPO法人三千里鉄道理事長)永久睦子(ℐ女性会議・大阪会員)中村ひろ子(ℐ女性会議事務局長)鳴海洽一郎(北海道日朝連帯道民会議会長代行)西平幸代(ℐ女性会議岡山代表・朝鮮女性と連帯する会)野平晋作(ピースボート共同代表)河正雄(光州市立美術館名誉館長)朴鐘碩(元日立就職差別裁判原告)朴英鎬(民団大田支部副議長)花房俊雄(関釜裁判を支援する会元代表)飛田雄一(神戸学生青年センター館長)福山真劫(フォーラム平和・人権・環境)布施由女(三多摩日朝女性のつどい代表)裵重度(社会福祉法人青丘社理事長)丸浜江里子(大学非常勤講師)道原海子(ピースデポ)本尾良(女性九条の会メンバー)森正孝(元静岡大学平和学講師)*矢野秀喜(日韓つながり直しキャンペーン2015事務局)山崎キヌ子(朝鮮女性と連帯する宮崎県女性の会代表)尹昌基(元ヌッポム統一フォーラム理事)吉川春子(元参議院議員)四谷信子(平和憲法を守る東京ネット代表委員)渡辺美奈(日本軍「慰安婦」問題解決全国行動共同代表)
宗教者(18名)
秋葉正二(日本基督教団牧師)秋山眞兄(富坂キリスト教センター運営委員長)李清一(在日韓国基督教会館名誉館長)呉寿恵(前日本キリスト教協議会プログラム委員長)岡田仁(富坂キリスト教センター総主事)小野寺ほさな(日本キリスト教会荻窪北教会牧師)金永泰(社会福祉法人サワリ理事長・在日在韓基督教会総会所属牧師)東海林勤(NPО高麗博物館理事)新海雅典(カトリック手稲教会牧師)関田寛雄(青山学院大学名誉教授・日本キリスト教団牧師)高橋喜久江(日本キリスト教婦人矯風会)田口昭典(日本バプチスト連盟・金沢キリスト教会牧師)坂内宗男(キリスト者政治連盟委員長)深水正勝(カトリック神父)前島宗甫(元日本キリスト督教協議会総幹事)吉松繁(牧師)饒辺名長秀(沖縄宣教研究所所長)渡部静子(宇都宮松原教会牧師)



おそらく上記学者たちはこのまま黙っていては「学者生命の危機を招く」と「声明」を発したのでしょう。



マイケル・ヨン氏に騙されるな その2

前ブログでは「日本帝国政府の記録」に関して総量按分での調査期間を1月半としましたが、実際の調査期間という誤解を与えかねないので、正確な期間が判るように経過を示します。


1998年10月  ナチ戦争犯罪情報公開法成立
1999年 1月   IWG設置
2000年12月  日本帝国政府開示法成立。IWGの名称が「ナチ戦争犯罪と日本帝国政府の記録に関する省庁間作業班」に変更。
2007年4月    IWG最終報告書


この過程を見るとひとつの疑問が浮かび上がってきます。

The Liberty Webの世界初・独占インタビューと題した記事中で
http://the-liberty.com/article.php?item_id=8918 

マイケル・ヨン氏は
「IWGのスティーブン・ガーフィンケル委員長代行がレポートのまえがきで、慰安婦や南京大虐殺などの日本の戦争犯罪に関する資料を見つけられなかったことを、次のように釈明している点だ。」

「IWGは多くの成果を残したが、アメリカの資料の中から日本の戦争犯罪に関する大量の資料が出てくることを期待していた方々は失望するでしょう。
私は、2001年に抗日連合会の人々と面談し、この件に対する思い入れの深さを知りました。抗日連合会の目的は、戦時において大日本帝国の統治下にあったアジア地域における戦争犯罪を世に伝えることです。」

と紹介しました。
そしてその話を基にIWGの調査は在米反日中国人団体のロビー活動によるものと結論づけました。
しかしそのような右派の主張は非常におかしいと思います。

「2001年に抗日連合会の人々と面談し、この件に対する思い入れの深さを知りました 」と言っていますので、初めて面談したようです。それより先にロビー活動があったなら、その思い入れは既に分かっていたはずです。
IWGが日本帝国の調査を始めたのが2000年であるので、時系列の辻褄が合いません。
レポートに記されたように(予断を持たず)あくまでもアメリカの都合によるものだと解釈すべきでしょう。

抗日連合会はマイク・ホンダ議員に献金している事でも知られていますが、IWGの件に関してはその関与を断定できないでしょう。
 

「187人の歴史家声明」に対する応答と提案  カビの生えた藤岡信勝氏のたわごと

【拡散希望】本日6月12日午前6時(日本時間)を期して、慰安婦問題に関するアメリカの歴史家187人の声明に応答する私の書簡を英語と日本語の両言語で発信します。
とFaceBookで発表されました。

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以下それの要約と私の指摘を併記します。

「日本非難には事実の裏付けがないことが、特に昨年八月の、朝日新聞の32年間にわたる誤報記事の取り消しによって、誰の目にも明らかとなりました。」

「吉田証言」の事を言っていますが、日本のほんの数人の歴史家しかそんな虚構を信じていません。
以前の拙ブログにその証言がどう扱われたかを書いています。


氏は「187人の歴史家声明」に直接的には書かれていないマグロウヒル社の歴史教科書の内容について誤りだと指摘されておられます。

(1)教科書は、「強制的に慰安婦にされたり、徴用されたりした」
原文「The Japanese army forcibly recruited, conscripted, and dragooned as many as two hundred thousand women age fourteen to twenty to serve in military brothels, called "comfort houses" or "consolation centers". 」

という記述が誤りだというその理由のひとつとして
「吉見義明はテレビの討論番組で「朝鮮半島における強制連行の証拠はない」と述べています。」

吉見氏は狭義の「強制連行」を示す証拠がないと言っているに過ぎず、教科書はdragooned to serve in military brothels, called "comfort houses"「強制的に慰安所で働かせた」と書いてあるので「強制連行」の有無を提示しても意味がありません。
「強制的に慰安婦にされた」証言は本人は勿論、日本の将兵の証言も多数記録されています。これは否定できるものではありません。私の知りうる証言だけでも十数例はあります。「徴用」についても勿論記録が残っています。

(2)教科書には「20万人もの女性」が慰安婦にされた

「と書いています。しかし、秦郁彦教授は、日本の関係機関の統計などの資料に基づいて、2万人程度と推定しています。」

声明を寄せた歴史家は20万人を絶対視している訳ではないし、教科書の内容を擁護するとは言っていません。
言ってもいない事に反証しても全く意味がありません。マグロウヒル社に送るなら分かりますが。

また「秦氏が日本の関係機関の統計などの資料に基づき2万人程度と推定しています」とたったひとりの説、しかもあくまでも勝手な推定ですから、信頼度の高い絶対値でないと20万人説を覆す力はありません。

それと「日本の関係機関の統計」とは一体何ですか?秦氏の2万人説にはそんな出典の明示はありませんよ。

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戦前期の「内地公娼関係統計」の事を言うのでしょうが、慰安婦制度が確立した時は当然国内も戦時体制下であって、海外戦地の状況をも反映されない戦前の統計が、慰安婦の実数を推測する上で有効な資料になり得ません。また統計の数字の扱いもズサンで批判されていますが、それについては秦氏はなんの反論もされていません。15年以上も放置したまま再検証も怠っているわけです。
そんな取って付けた統計に基づく推計なんて、無価値に等しいと思います。
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娼妓取締規則に基づく警察署の慰安婦登録のデータではありませんよね。海外渡航した慰安婦のデータでもありませんね。存在もしない信頼に足りる統計資料をさも存在するかのようなウソが見られます。
 



(3)「慰安婦が毎日20人~30人の男性を相手にした」

氏が上記記述に異議を述べる根拠のひとつとして日本陸軍の海外兵力は1943年で100万人と誰も信じない数字を相変わらず持ち出しています。これでは反証になりません。
秦氏が言う「慰安婦は売春婦だと米軍も認識していた」という理由の根拠とした「ミッチナ捕虜尋問調書」の証言を基に計算すると20~30人は当然の帰結として導き出されます

(4)「多数の慰安婦を大虐殺した」
原文は「soldiers massacred large numbers of comfort women to cover up the operation. 」
「兵達は(慰安所)運営を隠蔽するために多くの慰安婦を殺害(または虐殺)した」と訳すのが普通でしょう。
多数を大虐殺っておかしい日本語じゃないですか? massacreを大虐殺とholocaustを連想させるような意訳をして否定しやすい印象操作をしています。

「もしそういうことがあれば、東京裁判や各地のBC級軍事裁判で裁かれているはずです。」

「ミッチナ捕虜尋問調書」には次の一説があります。
「彼女たちは、「慰安婦」が捕虜になったことを報じるリーフレットは使用しないでくれ、と要望した。彼女たちが捕虜になったことを軍が知ったら、たぶん他の慰安婦の生命が危険になるからである。」
日本軍は慰安婦が英米軍に捕らわれそうになったら、殺害するということを示唆しています。

慰安婦を殺した例は日本の将兵の証言があります。一部の慰安所ではそのような事があったとされています。慰安所では多くても慰安婦数は数十人だったので南京事件のような数字には到底及ばないとは思います。ただ虐殺の証言は複数残っているので完全否定はできませんね。 
それに東京裁判以降に判明した事件や事実も数多く、多くの研究者によって歴史の発掘の努力が続けられています。

BC級軍事裁判はほとんど捕虜虐待や虐殺が対象で、当時、日本軍の基地・駐屯地内の出来事は対象外でした。勿論毎年7000人以上もの兵が軍紀違反として処刑されたことなども不問にされています。
その裁判の性格上、軍属に準じた朝鮮人・台湾人慰安婦の殺害なども当時重要視される対象とならなかったわけです。
日本の戦争犯罪の中でも捕虜虐待を特に重視していたのはポツダム宣言の第10項で明らかです。
(10)  We do not intend that the Japanese shall be enslaved as a race or destroyed as a nation, but stern justice shall be meted out to all war criminals, including those who have visited cruelties upon our prisoners. 以下略


氏は軍事裁判の詳しい内容も知らずに、東京裁判史観がどうのこうのと言う資格はありませんね。
「戦後レージームからの脱却」を標榜する国のトップでさえポツダム宣言を詳らかに読んでいないのですから、氏のような無責任な人にはそれを言っても仕方ありませんが。



以下教科書内容以外にも色々と述べておられます。

「どうして日本の慰安婦が規模において特筆すべきものだという断定が可能なのですか。」
とバカげたことを言っています。

20万人でなくとも2万人という数字でも当然特筆されると思います。仮に人数を無視しても、広範囲にわたる戦地という面や慰安婦にされた現地住民の(第2次世界大戦後に独立した)国籍の多さも断定に値するのではないでしょうか?
朝鮮人台湾人、中国人華僑フィリピン人、インドネシア人、オランダ人、ベトナム人、マレー人、タイ人、ビルマ人、インド人、ユーラシアン(白人とアジア系の混血)、太平洋諸島の人々が慰安婦とされました。
広範囲の戦地に数万人の慰安婦を連れ出した例は日本軍だけです。ナチもスターリングラードまで娼婦を帯同させていません。
僅かに戦後のフランス植民地軍の例があるだけです。しかもフランス軍は植民地の中だけの話です。

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「軍隊による組織的な管理」は誤解を与える表現です

全く資料を読んでいないから言えるのでしょう。それを証明する資料は多く存在します。歴史学者でなくとも曲りなりにも学者を名乗るなら日本政府調査資料集くらい目を通さないとモノを言う資格なんてありませんよ。 


「慰安婦が性奴隷ではなく、賃金を受け取っていた売春婦で・・・」

と奴隷の定義を無視した発言も相変わらずです。今時賃金を得ていたから奴隷ではないという主張は通りません。日本も批准しているローマ規定も読んでいないのでしょう。性奴隷を語るべきではありません。


「軍が関与して制定したのは、
強欲な業者の専横を抑え、慰安婦の権利を守るためでした」

廃業の自由を認めず、外出の自由を奪い、監禁を常態化させる規則や1日14時間プラスの性労働時間と月1回だけの休日という規則は慰安婦の人権を完全に蹂躙しているじゃないですか?いくら戦前に女性蔑視の風潮が蔓延っていたとしても、「権利を守るとは」どんな人権感覚の持ち主なのでしょう。


「軍と業者の間、業者と慰安婦の間はいずれも契約関係にあり、公娼制度が存在した当時の法律に照らして合法的なシステムでした。」

当時の法律に照らして合法的なシステムでは決してありません。当時の法律とはどの様なもので、実際の契約を示す文書を提示されるのなら説得力があるというものですが、それを具体的に提示するとその違法性が明らかになるので、氏は決して合法といえる証拠は出さないでしょう。



「日本の慰安婦制度が所期の目的をほぼ達成したことは、現地での強姦事件が殆どなかったこと、また、現地の女性との混血児を残していないこと、などに表れています。」

よくもまあこんなウソが言えたものです。その話を真に受ける人はほとんどいないでしょうが、疑問のある向きは拙ブログでそれがウソとしっかり確認できます。

混血児については、特に中国では古くより「間引き」が当然のように行われていた(現在でも女児はその犠牲になっていることが多い)し、望まれない妊娠には当然民間堕胎は行われていたと考えるのが普通でしょう。
中国での病院の手術記録は見つかっていませんが証言は記録されています。もし混血児が生まれても外見上は判別つきにくいでしょうから、混血児だということを隠し続けたのは容易に想像がつきます。敵兵の子供と烙印を押されれば迫害されるのですから。

要はネット上でよく持ち出される韓国・ベトナム混血児「ライタイハン」のような混血児と対比したいのでしょうが、それとて合意のもとでの結果も多く、全てが強姦の結果ではありません。男が養育放棄して韓国に帰国したから問題となるケースが多く数については1千5百~3万と諸説有。また9割は韓国人ビジネスマンとの子との指摘もあるWikipedia、フィリピン人との混血児、所謂「コピノ」(3万人WallstreetJournal)と同様です。「ジャピーノ」は現在(約10万人Wikipedia)いるとされています。

東南アジアでも混血児が白眼視されるのは必定となれば、混血児を隠し通したとしても何等不思議ではありません。フィリピンは中国と違いカトリック信者が多く中絶はしないので混血児は生まれています。軍は問題が出れば取りあえず結婚したという体裁をとったようです。インドネシアでも同様に問題が大きくならない体裁をとりましたが、いずれにせよ名目上の夫=日本兵の多くは戦後日本に復員したので結局養育放棄となりました。

それにもし強姦の結果の混血児であっても母親は「あなたは私が日本兵に強姦されて生まれた子です」と言えるものでしょうか?「仕方なしに生まれた子」というのは親として絶対隠し通すのが当たり前でしょう。ましてやそれを問題にし、公にするのはとても出来るものではなかったはずです。

仮に混血児として声を上げたとしても、人権意識の希薄な藤岡氏らは己の勝手な主張のため、相手(日本兵)が特定できないことを理由に捏造混血児として二次被害を拡大させるのでしょう。

また日本においては日露混血児は問題になっていませんが、だからと言ってソ連兵の強姦はなかったことにはなりませんね。

強姦は敵対する勢力圏内で多く見られたのですが、治安の安定した地域や占領政策がある程度順調であった場所や、戦闘地域でない後方ではさすがに軍も住民の反発を招く強姦には厳しかったようです。
しかし中国での敵性地区やフィリピンの反乱地区、インドネシアの一部等ではそういったことはありませんでした。



いずれにしても素人の私でさえ氏の主張を「論破」できる訳ですから、「歴史家」の人達がまともに受け入れる訳がないでしょう。

さらに氏は各国の例を挙げたりしていますが、あまりにもくだらないので、後日暇なときに検証したいと思います。

そして最後の方に「学術的討論の開催を提案する」と言っています。
「声明」の訴えたかったことは「学問の自由」であって「国家権力が学問の検閲をすべきでない」とする主張に藤岡氏は何等答えていません。


今回の藤岡氏の発表は「声明」で指摘した点を鑑みないで、もう何年も前から○ホの一つ覚えでしかない妄想や屁理屈を性懲りもなく並べ立てている事や、数多くの証言や文書を無視する態度から、学術的討論にならないのは目に見えています。真摯に学問を追及している学者達には無視されるのがオチでしょう。

しかし彼らからなんの反応もなければ氏は「歴史戦に一定の評価すべき勝利があった」とふれまわるのでしょう。 

英語で発信するのもいいのでしょうが、2007年アメリカ下院で対日非難決議がなされる前に提出されたLarry Nikschによる報告書「Japanese Millitary’s ”Comfort Women” System」を真面目に読んだらどうですか、と言いたいですね。
10年前ならいざ知らず、ちゃんと読めば常識ある人は恥ずかしくてこんなもの発信できませんよ。


拡散させようとするネトウヨも恥をかくだけです。
後に「穴があったら入りたい」と思うくらい恥ずかしくなりますよ。
ん??「穴があったら入れたい」って?そんなバカウヨは慰安婦問題から退場してください。

 
 
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