慰安婦問題の疑問点 それってウソでしょ

当ブログは主に日本のネット上でのウソを検証しているので、世界中(特に韓国や中国、欧米の主要メディア)のウソを検証してはいません。

「追軍慰安婦」の追軍って何だ?

ネトウヨが適当な和訳をして、都合よく屁理屈を並べるのによく引用されるのが米公文書の「ミッチナ捕虜尋問調書」ですが、その一節にある "professional camp follower"を彼らは「追軍売春婦」と解釈しています。

恐らくテキサス親父が2013年に当該レポートのコピーを入手し、関係者が和訳してネットで公開したのがネトウヨの中だけで拡散したのでしょう。

字幕つき動画はYoutubeで確認できます。

”Comfort women were camp followers w/proof”2013/09/09


彼はイタリア系アメリカ人ということですが、英語を喋れても、文章はまともに読めないようですね。

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本物の報告書ならビルマで捕虜にしたんですけど・・・・

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どこにそんなこと書いてあるのでしょうか? 
原文:”Some of the girls were thus allowed to return to Korea.”
帰国を許されたとあるだけです。

そして現実には後に出されたATIS調査120号レポート1945/11/15では
But owing to war conditions,no one of prisoner of war's group ha so far been allowed to leave. 
即ち 戦況の影響で慰安婦は誰一人帰国を許されなかったと記録されています。

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彼女達は不満を言ったが、残念だとはひとことも言っていないでしょう。
原文”The girls complained that even with the schedule congestion was so great that they could not care for all guests, thus causing ill feeling among many of the soldiers.”



そしてテキサス親父公式HPと称するページに
 "professional camp follower"の翻訳が掲載されています。


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それより以前にも「追軍慰安婦」としているページを見かけますがそれほど認知度は高くなかったと思います。 


今やgoogleで「追軍」と検索すればほぼネトウヨのページばかりですが、河野談話が出された頃には「従軍慰安婦」のページはあっても「追軍慰安婦」なるページはありません。
当該レポートはなにもテキサス親父が最初に見つけたのではなく、政府調査資料として1992年に既に公開されています。


そもそも「追軍」という日本語はなく、主要なWEB辞書でも掲載されていません。(当然「従軍」はあります) 
辞書にも載らない言葉ですから正しい日本語という評価はできないでしょう。
いわばネトウヨのネトウヨによるネトウヨのためだけの(捏)造語といえるでしょう。 
followerを都合よく「追っかける人」 という誤訳に近い意訳をしているだけです。

しかし"professional camp follower"がひとつの名詞(熟語)を表しているのです。

「軍事組織専属に働く使用人、しばしば売春婦 」と解釈するのが普通でしょう。English Language & Usage Stack Exchange」(WEB英英辞書)による解釈




日本版Wikipediaの「日本人戦争捕虜尋問レポート No.49」の項では(職業的な野営随行者)と注訳していますが、確かに「野営随行者」と訳しても間違いではないのですが、それはアメリカ独立戦争当時のcamp followerであって20世紀には米軍ではcampを海外の基地、駐屯地として使用しています。

沖縄の海兵隊基地の名称でも普天間飛行場のキャンプフォスター(瑞慶覧)やキャンプシュワブ、キャンプハンセンなどcampが使用されています。当然野営なんかしていませんし、立派な施設です。

それとも本当に日本軍のミッチナの基地では(校庭などに)天幕を設営して毎夜キャンプファイヤーで酒盛りでもしていたのでしょうか?
Wikipedia同項では「彼女らは通常2階建ての大きな建物(学校の校舎)に住んでおり、個室で生活し、仕事をした」という説明をしていますが、campを野営とするなら「追軍」した慰安婦がしっかりした建物で生活し、兵がお粗末な天幕生活をしていたということになり完全に逆転します。
お笑い翻訳ではないでしょうか?
明らかに「追軍」を用いるのは矛盾しています。

また野営しながら「追軍」するのなら慰安婦がテント生活をしていなければなりません。
いずれにせよ野営と「追軍」をセットにするなら全く辻褄が合いません。

お笑いネトウヨのブログには「野営追軍プロ」なる新語も登場しています。



(「従軍慰安婦」の従軍を否定したいがため)「特定の用語(この場合camp follower)に焦点をあてて狭い法律的議論を重ねること・・・(は)より広い文脈を無視することにほかなりません。」と187名(後に計457名)の歴史家が諭している訳です。

さらには「プロの売春婦」として拡散させているネトウヨもいますが、同調書には「入営した女性のなかには「地上で最も古い職業」(娼婦)も若干名いたが、大部分は売春について無知、無教育であった。」と記述されています。
「虚偽の説明を信じて」
同項より引用(だまされて)挙句の果てにプロとしての仕事をさせられた訳ですから、「プロの売春婦」と切り取っての主張は明らかに慰安婦になる経緯を意図的に隠蔽していることになります


ではこのレポート以外に”camp follower”が実際にはどういう使われ方をしていたのでしょうか?
よくわかる例があります。


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Women of a defeated land,forced to sell their bodies to the enemy soldiers.
敗戦地の女性、敵兵に自分の体を売ることを強制されました
THE CAMP FOLLOWERSというイタリア映画(脚本Ugo Pirro)1965年のポスターです。 
イタリア語原題は 「Le soldatesse」、ストレートに軍の構成員ですよ。

「商売で部隊について来た(民間)売春婦」といった能天気なニュアンスでは全くありません。
映画は伊ファシスト軍が侵攻したアルバニアで女性を犯したストーリーですが、女性が軍に追いつかれていますよ 笑
日本軍がインドネシアで慰安婦にしたオランダ人女性とダブリますね。

そしてレポート原文には続いて "attached to the Japanese Army for the benefit of the soldiers"
と書かれています。それを合わせてひとつの名詞を構成しているわけですが、テキサス親父のHP翻訳では完全に無視しています。

"attached to"の用例としてnurse attached to the army”があります。「従軍看護婦」のことです。
従ってレポートの記述は「従軍売春婦」 或いは「日本軍所属の売春婦」(秦育彦氏)と解するのが妥当でしょう。

また同レポートは慰安婦は売春婦と同じだと記述していますので、「従軍売春婦」イコール「従軍慰安婦」としても全くおかしくありません。 

しかし何故当時「慰安婦」という言葉を使ったのでしょう。なぜ当時の公娼制度(当時合法)があったのに従軍「娼妓」とか従軍「娼婦」という名称を用いなかったのでしょう。
従軍看護婦以外にも当時従軍カメラマン・従軍画家・従軍記者という軍の要請で働く人はいました。

しかし規律と秩序、高度な精神性を謳う皇軍に「娼婦」が帯同しているのを公にできなかったという理由もあるでしょう。


ネトウヨが慰安婦は当時合法だったとするなら、わざわざ「慰安婦」のような名前をつけたのは何故ですか?
慰安婦は「娼妓取締規則」から外れた徴集を行っており、また軍専用の慰安所という「規則」外の場所での就業は「公娼」とは言えなかったらでもあるでしょう。

要するに(合法を裏付ける)新しい法制度も制定せずに軍が新ジャンルの「慰安婦」制度を作った訳です。

また国内は当然として朝鮮半島・台湾でもストレートに「娼婦」とすれば思うように人が集まらなかったでしょう。
いずれにしても「慰安婦」のように当時曖昧な言葉が都合よかったのです。

そして軍の新語であり、内地(沖縄を除く)で慰安婦という職業はなかったので、わざわざ「従軍」をつける必要もことさらなかった訳です。ただ「軍慰安婦」と記された当時の文書は存在します。

しかし実態は「従軍」に間違いないから「従軍慰安婦」と表現してもなんら間違っていないと思います。
慰安婦に軍が賃金を払っていなかったから「従軍」では無いと言う説もありますが、「従軍看護婦」に軍が賃金を支払ったというエビデンスでもあるのでしょうか?日赤が支払っているはずです。
また国策映画のカメラマンは映画会社から給料を貰わず、軍から支給されていたと言うのでしょうか?




「追軍売春婦」をネトウヨ仲間だけの隠語みたいに使うだけならいいのですが、海外からの非難に対抗するには全く意味のないどころか,インチキ翻訳を振り回せば知能程度を疑われるのが関の山でしょう。
米国は勿論、中韓でも引用した原文のままストレートに解釈しますからね。



 

 

TBS報道特集 中曽根康弘元首相の沈黙を暴く

TBS報道特集2015年7/25について




まあネトウヨはまともな書き込みは当然できず、
「強姦したのはチョン」「韓国もベトナムで・・」「TBSは売国奴」「証言はウソ」「オランダ人の捏造ドラマ」といった調子で相変わらず真実を拒絶しています。

まだ小林よしのり氏のブログ発言の方が番組に批判的であってもまともです。
「今回の番組は知的誠実さに欠けていたと言えよう」と結論付けていますが、

「募集広告で自発的に慰安婦になった娘ばかりではないようだ」
「吉田清治の人さらい的「強制連行」にこだわりすぎて、このような戦時性暴力が見えてなかった」
「中曽根康弘が慰安所を作った理由は、日本兵が現地の女性を強姦しまくっていたかららしい」
という素直な認識をもとに
「同じ日本人として恥ずかしく思った」と感情を述べている。
今まで自分の気持ちいいウヨネタだけを漫画にしてきただけで、どれだけ真実を知ろうと努力してこなかったかが分かる発言ですね。


しかし「被害者の女性をサポートしているのがオランダ人の女性だということだ」
という前提で、しかも番組に出てくるオランダ人ジャーナリストは日本軍の戦争犯罪という言葉は出したものの、蛮行をことさら非難しているシーンは出てこないのですが、
「軍が統治する前、インドネシアはオランダに350年間も植民地にされていたということを! 」
「オランダ人はインドネシアのことで、日本人を批判できる立場にはない!」
と強い調子で主張しています。インドネシア在住歴の長いジャーナリストがオランダ人であっただけで、オランダ政府関係者でもありませんよ。
しかも番組の趣旨とは全く関係ないでしょう。

すぐ他国を例に出して非難をかわそうと企て、自らの歴史問題を誠実に見ようとしない右派の理屈丸出しです。


では被害の当事者であったインドネシア人は日本統治時代をどう捉えているのでしょうか?

「日本によって占領された他の地域と同様に、インドネシアはその国民が極めて苦しめられた国であったと言えよう。日本民族による残虐行為は西欧民族が犯した残虐行為を超えていた。」
原文:Kekejaman oleh bangsa Jepang melebihi kekejaman yang dilakukan oleh bangsa Barat.

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インドネシア歴史教科書 高校3年生向け

また「インドネシア史上最悪の時代であった」としています。同国の独立に寄与した日本人として右派が持ち出す海軍提督前田精(マエダ タダシ)少将についての記述も全くありません。
右派がいう「大東亜戦争アジア解放論」には全く与していないのは明らかです。

米国の調査機関によると、日本の戦時中の行為に対する謝罪には不満足だとする国民感情は、中韓についでフィリピン、インドネシアが続いています。(2013/7/11)

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インドネシアでのアンケート結果だと、No(十分に謝罪していない)が40%。Yes(十分に謝罪した)29%及びNo apology necessary(謝罪は不要)6%の合計35%を上回ります。DK(don't know 知らない)は25%。

同調査ではインドネシアの79%の人が日本に好意的というアンケート結果がありますが、謝罪についてあいまいにしている日本の態度については批判的です。

オランダ政府は2005/8/16、インドネシアにたいする植民地支配と軍事攻撃について深い遺憾の意を公式に表明しました。
「オランダの行動によってあなたがたの多くの人々が犠牲となった。私はここにオランダ政府を代表して、こうした苦しみに対して深い遺憾の意を表明します」
オランダのベン・ボット外相が、ジャカルタのインドネシア外務省を訪れて声明を読み上げました。(米国・日本・オーストラリア・シンガポールの各在インドネシア大使も同席しています)


小林よしのり氏のように日本がオランダのことを持ち出すのは恥ずかしいじゃありませんか?


私は他国から断罪されるよりも、まず我々日本人自身で事実を検証し、罪は罪として、反省すべきは反省すべきであり、謝罪を躊躇わず、その為にはより多くの歴史の発掘の努力を怠ってはならないと思います。
ドイツはニュルンベルグ裁判を認めないのですが、日本右翼の東京裁判の否定論とは違い、ドイツは自らの手で戦争犯罪を暴き、独自にそれを裁いています。

ましてやウソや事実を隠蔽するといった卑怯なやり方で愛国者ヅラするのは、誇りある日本人とは到底言えません。
番組では中曽根康弘元首相が戦時中に慰安所設置に関かわったという場面もありました。そこには限りなくウソに近いと思われる中曽根氏の発言の指摘がありました。


中曽根康弘氏は「終わりなき海軍」1978年で
「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。・・・・」 
と自慢話のごとく記しました。


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しかし番組では次の発言シーンが出てきます。
「事実と違う。海軍の工員の休憩と娯楽の施設をつくってほしいということだったので作ってやった」
と2007年日本外国特派員協会での記者会見で弁明しています。


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ところが同書の編者である松浦敬紀氏はその10年ほど前、「フライデー」の取材に「中曽根さん本人が原稿を2本書いてきて、どちらかを採用してくれと送ってきた」「本にする段階で本人もゲラのチェックをしている」と明言しています。

さらに記者会見での発言が事実ではなかったのが、公文書で発見されます。

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主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設氣持の緩和に非常に効果ありたり」



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主計長 中曽根康弘の記述

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以上「海軍航空基地第2設営班資料」
 防衛研究所 戦史研究センター所蔵


以前から知られていた事実なのですが、今までマスコミで取り上げられることがなかったのに、今回TV番組で報じられたことは評価に値すると思います。

中曽根氏は沈黙を通し、中曽根康弘事務所は「記者会見」での内容はそれ以上でもそれ以下でもないと、証拠(公文書)を突きつけられても慰安所を作ったことを認めていません。
多くの建物のうちの1棟に碁盤や将棋盤を用意するだけならなにも「苦労」することなんてありませんし、自慢話にすらなりません。正直に実態を語ってこそ責任ある立場であった人間の為すべきことではないでしょうか。
首相であった人間がこうした不誠実な態度を取り続けるのは日本の名誉と信頼を損ねていると思います。

自民党には「日本の名誉と信頼を回復するため」中曽根康弘氏へ記者会見での発言を撤回・修正するように提言していただきたいものです。
 

在沖縄米軍と自衛隊との運用の違い

「普天間基地の反対運動は「サヨク」が主導しているから、もっての外だ!」
「活動家はカネ目当てだ」
と百田尚樹氏やネトウヨは考えているようですが、事実経緯も住民感情も無視していると言わざるをえません。


単なる隣接地というだけなら大阪府の陸上自衛隊八尾駐屯地(ヘリ基地)はどうでしょう。基地直近に民家も学校もあるのですから。

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ヘリコプターが駐機しているのがはっきりと分かるでしょう

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AH1Sコブラ

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UH1ヒューイ

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OH1ニンジャ

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CH47Jチヌーク 常駐はしていませんが、度々編隊を組んで飛来しています
他にはOH6が所属しています 


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周辺は民家が密集していますし、保育園・中学校・高校も存在します。
敷地面積は違いますが普天間基地と状況はよく似ていると思いませんか?

普天間基地にジェット戦闘機が頻繁に飛来するようになったのは2010年からです。
住民無視の米軍の運用が続くので周辺住民が「爆音訴訟」を起こしたという経緯は以前記事にしました。
2010年以降に引っ越してきた人々が訴訟を起こした訳ではありません。


普天間基地のように、もし八尾飛行場で航空自衛隊のジェット戦闘機F15がタッチアンドゴーまがいの訓練飛行をしたらどうなるでしょう。
飛行場は戦前からあったので、爆音被害を訴えても百田氏らは「違和感を覚える」と人権無視の発言をするのでしょうね。

でもまさか「自衛隊は何を甘い訓練をしているんだ。沖縄米軍を見習って八尾飛行場でも同じような訓練飛行をしろ!」とまで言う人はいませんよね。


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