慰安婦問題の疑問点 それってウソでしょ

当ブログは主に日本のネット上でのウソを検証しているので、世界中(特に韓国や中国、欧米の主要メディア)のウソを検証してはいません。

慰安婦の強制性について

再度言いますが朝鮮半島だけに限って言えば日本の官による強制連行を示す文書証拠は見つからないし、一方韓国が主張する証拠なんてほとんど説得力に欠けるものだとも思います。
また証拠が見つからないのは当たり前で、強制連行という裏の仕事を官自ら記録として残す事などありえないし、銃剣で脅して連行するような単純な暴力的行為ではなく、もっと巧妙な手口であっただろうと多くの証言から推測されます。

軍の伝達も警察の部下に対する指示も口頭で行われたと言います。
泰緬鉄道建設の為の捕虜使役も所謂バターン死の行進も正式命令書は存在しません。

そもそも刀を突きつけたり「軍と帯同して売春をするのだ」なんて軍の体裁を貶めるセリフを言う訳がないでしょう。

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私もそういったステレオタイプの強制連行はなかったと思います。

占領地ならいざ知らず、当時の軍部がいくら強大な力を持っていても、絵にあるような民衆から反発を食うような、数百年前のアフリカ奴隷狩りのような幼稚な手段を日本軍が使うわけがありません。
だから親兄弟も「どこかで仕事をさせられるんだ」程度の認識だったと思います。
従って強制連行を疑う目撃証言もほとんどなく、集団抗議も見られなかったのでしょう。とくに内地では従軍看護婦と違って、皇軍の名誉がかかっていますから慰安婦集めには相当気を遣ったと思います。

日本軍のほとんどの兵士が復員後、戦地のいやな体験は家族にも話さなかったと言います。
何十年もたってから重い口を開いたという人は大勢います。
まして朝鮮の婦女子が毎日の慰安所生活を話すなんて当時では考えにくいです。
戦後の混乱も落ち着きだしたころに朝鮮戦争が始まりました。慰安所も安全ではなかったけど、朝鮮半島のほぼ全域が戦場の修羅場と化しました。
その混乱の中忘れ去られたとしても不思議じゃありません。


被害者の証言だけでは証拠にはならないと言う理屈は甘んじて受けるとして西岡力氏の主張には同意できませんね。
「慰安婦を強制連行したとの「説」はその後の調査研究によって、事実ではないと結論が出た。」
「強制連行したとの「説」が事実ではないと結論が出た」のではなく、吉田清治の証言が作り話だったという結論が出ただけでしょ。

確かに斉州島における秦氏らの調査は(小学生の自由研究並のたった5人だけの聞き取り調査ですが)右派にとって意義あるものだったと思います。そして吉田証言を覆す成果があったのは事実です。ただ膨大な数の証言のひとつに過ぎません。

ナヌムの家の元慰安婦たちの証言以外にも多くの証言記録が残っています。
ただ今となってはその証言の多くは裏づけが取れません。だからといって信憑性に多少の疑問を持つだけで、断定的に否定することも難しいのではないでしょうか?
証言を得た地域、年、証言者の属性、記録した人や組織などは多岐に渡っています。それらの全てが組織的な背景があり、誰かの意図が反映した証言という事ではありません。


彼が言うには「慰安婦の人たちに人権があるように、当事の官憲にも人権はあります。たった一つの事例であたかも官憲が組織だって「強制」したかのように受け取られる のは、官憲の人権侵害です。」
組織だってと理を入れるのも不自然ですね。あざとく逃げ道を作っていますね。
慰安婦と官憲の人権を対比するのに組織は関係ないでしょう。
いずれにせよたった一つの事例で強制連行を否定するとは自己矛盾を起こしています。

このように一つの事例で慰安婦制度を語るのが右派の常套手段です。

アメリカをはじめ諸外国は吉田証言だけでなく多数の証言記録から強制性を認めています。それに対して西岡氏の論法が通用する訳がありません。
それとも膨大な証言・間接的資料を元に自ら調査研究した別の成果があるとでも言うのでしょうか?彼は大学教授の肩書きがありますが、慰安婦研究者としての実績はほとんどなく、ただの右派コメンテーター・アジテーターに過ぎません。
ネトウヨ諸君は朝日誤報を大喜びしていますが、問題はそう単純ではありませんよ。

ネトウヨは朝日新聞を目の仇にしていて、「廃刊に追い込もう!」なんて威勢のいい言葉を吐いていますが、産経・読売も当初吉田証言を報道しているのですよ。
朝日の肩を持つつもりはありませんが、ネトウヨ君の言動を見ていると昔の新左翼の出来もしないスローガンと何等変わりませんね。
産経新聞も部数を減らしているそうじゃありませんか?ここは口先ではなく産経新聞販拡ボランティアでもしてみてはどうですか?


警察官の多くは朝鮮人だったので、業者と裏取引をしていた事も想像できますが、仮にそんな事があったとしても日本の統治下であった訳で日本はその責任から逃れる事はできませんよね?

「 慰安婦は半年も働けば一軒屋が買えるほど、金を稼ぎました!
極悪非道朝鮮人慰安婦業者が悪いのです!
また、娘を極悪非道朝鮮人慰安婦業者に金で売った売春婦の親が悪いのです!
娘が強制連行されたなどと騒いだ親は当時一人もいません!
当たり前です!巨額の前金を貰っていたのは、その親本人です!!
悪いのは全部朝鮮人自身です!
強制連行などと言っている慰安婦は全部嘘を付いています!
息を吐く様に嘘を言う朝鮮人だから当然です!
慰安所の経営者も朝鮮人です!
日本人相手にオイシイ商売をしていました!」

と発言している単純右細胞のネトウヨにあきれて物が言えませんが、朝鮮人主犯説って大体こんなもんでしょうね。しかし朝鮮総督府・日本軍が免責されるその証拠や根拠が示されなければただの妄言。
!を多用するヒステリックなレイシストです。
そういう人は会社の社長はおろか、まともな上司にもなれませんね。失敗や違法行為のすべてを従業員や取引先のせいにして自ら責任を感じることがないんだから。勿論スポーツにおいても監督や主将にはなれませんね、いや普通の選手にだってなれませんよ。一生社会的に無責任な態度で通すことでしょう。
残念なことに社会にはこんな人もいますが、私は多くの誇りある日本人はもっと理性的で責任感のある考えの持ち主だと思っています。

「朝鮮人の男性達は、どこで、何をしていたんだろうか?当時の朝鮮の人口と、現在の米国の人口約 3 億余人を比率換算した場合は、米国人女性 300 万人に匹敵する。300 万人の女性が米国の中から、売春をさせるために強制的に連れて行かれたとして、おとなしく従うだろうか?」
とのトニー・マラーノ氏の主張には一定の説得力があるように思えますが、根拠となる人数を誤認しています。

北朝鮮が国連で主張した朝鮮半島婦女子20万人の強制連行なんて私も信じていませんよ。でも7年間で延べ数百人単位なら歴史の中に埋もれてしまったのかも知れません。残念ながら西岡力氏のように0であったかのように断定するには、その証明がないと納得できないのです。

しかしも韓国の「公式見解」は慰安婦20万人(最大)という主張で「朝鮮人慰安婦20万人」と言ってはいないのに(そりゃ韓国人の誰かが言ったのかは知りませんが)それを否定しても意味がありません。
また2007年に韓国の各市議会で採択された慰安婦問題についての決議には20万人の人数さえ書かれてありません。 



 

仮に慰安婦の身分自体は百歩譲って仮に違法ではなかったとしても、そのマネジメントにおいての違法性は認識すべきだと思います。
 
その点では橋下大阪市長が主張する「各国も戦時には同様の制度があった」「兵のレイプを防ぐには必要だ」「なにも日本だけが非難されるべきでは無い」という点もその視点が欠落していて、言い逃れの為だとの反発もあります。
 
 

慰安婦は悲惨な状況に置かれていなかったのか?

慰安婦=性奴隷説への反撃の「最大の武器」だ。
米軍資料が証拠だ!「慰安婦問題の本質」性奴隷論への反駁」島田洋一氏や多くの右派がよく言う「ミッチナ捕虜尋問調書にも慰安婦の自由度が記録されているではないか。」
との理由で「監禁なんか無かった」と本当に言えますか?
 


While in Burma they amused themselves by participating in sports events with both officers and men, and attended picnics, entertainments, and social dinners. They had a phonograph and in the towns they were allowed to go shopping.

右巻きの人が主張するのは調書のこの部分です。

井沢元彦氏は「史料を絶対視」し過ぎることは、かえって歴史の真相を見誤る結果を招くと主張しています。
確かにその通りだと思います。

ただ、氏を含め「史料」じゃなく「2次資料」を引用して書かれてある主張が多く、慰安婦については右派の主張はみな同じような物です。
歴史学は史料・文献批判が重要なのは言うまでもありません。私も出来うる限り「史料」本位で批判・検証したいと思います。即ち「逆説の慰安婦の歴史」みたいな。 笑
それで「ミッチナ捕虜尋問調書」を右派の書いた訳文ではなく、原文の英語で理解することを基本とします。





韓国で発見された朝鮮人の慰安所従業員の日記 毎日新聞 2013年08月07日 には「鉄道部隊で映画(上映)があるといって、慰安婦たちが見物に行ってきた。」とあります。


慰安所から外出しても軍の上映ですから監視者が当然いたと見るのが普通でしょう。

街の映画館へ自由に行くことができたという証明にはなりませんね。
何ヶ所かの慰安所の軍制定の規則が見つかっていますが、そこでは慰安婦の外出は厳禁とされていたようです。
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慰安所規定送付ノ件 1942年11月 軍政監部ビサヤ支部イロイロ出張所

しかし多少の自由もなければ彼女達が病んでしまうので、気分転換のため少しばかりの外出は「許可」された所もあると思います。

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勿論自由な外出が許されていた訳ではありません。
「戦地だから外出は危険であり当然だ」というウヨもいますが、そんな外出も出来ない危険なところに慰安婦は留め置かれていたということです。

その場合、慰安所の従業員と同伴というより彼女達を保護するために憲兵が同行した可能性の方がリアリティがあると思います。軍の監視の下でのデートと言うわけです。敵スパイとの接触や「逃亡」を防ぐ意味があったのは当然でしょう。

in the towns they were allowed to go shopping.は単に「街で買い物に行くことを許された。」と言うだけで、自由に街を歩けたと書かれていません。

「町ではショッピングを楽しむこと も認められていた」 と「なでしこアクション」のHPで掲示されています。
どうですか?高校の試験でこんな回答をすれば正解の○は貰えませんよ。

amused themselves のセンテンスはand social dinners.で終わっていて、新たにThey hadから始まっています。当然別の文章ですから、「楽しむ」動詞や付加を表す「も」といった副詞alsoやas wellの記述がなければそんな意味にはならないでしょう。

こういった意図的な印象操作も姑息な手じゃありませんか?

確かに私は日教組の先生に英語を教わりましたが、非日教組の愛国先生なら○をつけるのでしょうか?

そのような手法はまだまだ見られます。
She turned over seven hundred and fifty to the "master". 
を「彼女たちは、「雇い主」に750円返済していた。」と訳しています。
turned overを返済と意訳していますが、受け取った料金から「雇い主」へ(雇い主の取り分50%を)返したというのが本来の意味でしょう?

repaymentとは書かれていないのに、何故「返済」とするのでしょう。
この文章の前に前借金のことが書かれています。簡単に借金を返せるかのような印象を与える意訳です。


また調書の中に
The girls were allowed the prerogative of refusing a customer. This was often done if the person were too drunk.
「慰安婦は客を拒む権利が許された。兵が飲みすぎの場合度々行使された。」という箇所を元に「客を自由に選べた」かのような主張もありますが、上記規定には「飲酒酩酊セルモホノハ入所を禁ズ」とされているので、むしろ慰安婦にもその指導がなされていたからだと思われます。飲酒者を「拒否する権利」であって決して「選べる権利」ではありません。
上層部が恐れたのは兵が酒に酔って軍機密を漏らす事だったからです。

またこの証言は慰安婦の証言というよりも日本人の雇い主の証言と考える方が自然です。以下の文からも類推できます。

The girls complained that even with the schedule congestion was so great that they could not care for all guests, thus causing ill feeling among many of the soldiers.

「スケジュールどおりにやっても混雑が酷く、全ての客の面倒をみる事ができず、結局兵士の多くに不信感を引き起こしていると、女性達は不満を訴えた。」

との記述があるように、1日に相当多くの兵が利用していたようです。飲酒兵を拒んでも次の兵を相手にせねばならないので、事実上慰安婦の好みで兵を選べなかったと考えるのが一般人の考え方でしょう。




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水木しげる氏の有名な慰安婦漫画ですが、「5時ですからおしまいですよ」のセリフ部分だけを引用して、「慰安婦はさっさと仕事をやめてるじゃないか」「兵の方が可哀相だ」といった慰安婦が気楽に従事していたというデマを振りまく人もいます。

先の調書によると
According to interrogations the average system was as follows:
「尋問によると、平均的な制度は以下の通りだ」
1. Soldiers 10 AM to 5 PM  1.50 yen  20 to 30 minutes 一般兵
2. NCOs     5 PM to 9 PM  3.00 yen  30 to 40 minutes 下士官
3. Officers  9 PM to 12 PM  5.00 yen  30 to 40 minutes 将校

即ち「5時ですから(一般の兵隊さんの利用は)おしまいですよ」って事ですよ。
その後も12時まで下士官・将校のお相手をさせられた訳です。

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もちろん米軍資料だけでなく日本軍の定めた文書も残っています。




たった一つの文書の都合のいい部分だけで、広範囲にわたった慰安所の実態を充分説明できると言うのでしょうか?
ネトウヨはインドネシアやフィリピンでの軍事法廷の事実を、たった1,2の事件を挙げても全てがそうだった訳ではないといいます。(実際は8件の軍事裁判記録がある)
じゃあ調書の一部だけを取り上げての理屈はおかしいのじゃありませんか?
もう少し具体例として信憑性の高い資料(複数)を望みます。
 
さらに言えば何故先ほど「百歩譲って」と言ったかといえば、上記の調書には慰安婦自らが証言したと書かれていないからです。調書は雇い主"house master"(日本人)からの聞き取りもあるのです。彼らが言い逃れのウソをついていると解釈も出来ます。

通訳は日系2世だったので日本語で尋問されました。朝鮮語の通訳がいたとの記録はありません。
従って業者の都合のいい証言がほとんどだったと推測されます。慰安婦の聞き取りも通訳が彼女らを卑下していたことがありありとわかる調書です。

uneducated, childish, and selfish. She is not pretty either by Japanese or Caucasian standards. She is inclined to be egotistical and likes to talk about herself.
「無学で子供っぽく利己的である。彼女らは日本人あるいは白人のどちらの基準でも、美人とはいえない。身勝手な傾向があり、自分のことばかり話したがる。」
 
通訳の偏見、朝鮮語の通訳の不在。そういった状況の中で朝鮮人慰安婦の言い分が充分反映されたと見るには無理があります。伊沢氏の「逆説」とはこういった解釈です。
 
さらに同調書には
She claims to dislike her"profession" and would rather not talk either about it or her family.
「彼女らは自分の"職業"が嫌いだと不満をいい、仕事のことや家族のことを話そうとしない。」との記述もあります。ですから前述の慰安婦のthey amused themselvesのくだりも彼女らの証言ではないと考える方が妥当じゃないですか?
理解するに簡単な英語ですが、このあたりの部分は島田洋一氏ら右派には完全に無視されています。
 
ここではネトウヨ女子に聞きたいのですが、好きでもない取引先の会社の社長と”social dinners”を付き合うのはむしろ苦痛じゃないですか?本心で自分の口から楽しんだとは決して言えないですよね?セクハラ付なら尚更ですよね?
慰安婦はチップを貰う為にガマンして愛想をしただけで
す。



「うちの女子社員は取引先の社長にディナーをご馳走になって喜んでいた」と言う体裁をかまう上司の話ならよくある事だと思いますが。
 
もう一つ、蛇足になるかもしれませんが、果たして彼女らに音楽を聴いて余暇を楽しむなんて時間が本当にあったのでしょうか?

 
「多くの「楼主」は、食料その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしていたため、彼女たちは生活困難に陥った。」とも書かれていますので、phonographを法外な値で売りつけられたとも考えられますし、phonographを前に高額な借金にため息をついていたのかも知れません。

またビルマは日本軍占領後、軍票の乱発により現地経済はハイパーインフレに陥ります。
市場で手に入れようとした食料・日用品は軍票の額面の数十倍必要だったので、多額の請求も仕方なかったと思われます
。 

They had a phonographだけでは下のマンガのように寛いでると断定できませんよ
「彼らは1台の蓄音機を持っていた」だけですから、慰安婦の部屋にはなかったはずです。
 チャンネル桜では「ラジオを持っていた」なんて適当な事言ってましたが、それよりはマシか。
 

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小林よしのり氏も調書の一部をもって慰安婦の楽しい様を漫画にしていますが、本当の慰安婦の実態を表現しようとする姿勢と知的センスがなかったようです。調書に忠実なら、
少なくとも慰安婦を美人(?)に描かないと思いますね

 
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北ビルマで捕虜になった慰安婦  1944年9月3日 米軍写真斑撮影


有名な慰安婦の写真ですが、キャプションによれば
「船がシンガポールに寄航した際に買った綿製の洋服であった。」
2年間も同じ服を着ていていた訳です。

小林よしのりの漫画にあるような慰安所から外出して洋服なんて買えなかったと言うことです。

 











もうひとつ付け加えますが、尋問調書に次の一節が記載されてあります。

A "comfort girl" is nothing more than a prostitute or "professional camp follower"attached to the Japanese Army for the benefit of the soldiers.  
"professional camp follower"をテキサス親父関連のHPの翻訳では「 軍を追いかけている売春婦」「追軍売春婦」と訳しています。「商売の為に金魚のフンの如く追っかけて来た」ということを言いたいのでしょう。しかも大きく赤字で強調しています。原文引用の赤字もママ

しかし、そこには黒字で書かれた続く部分には言及していません。
不自然にもひとつのセンテンスの途中までしか引用していないのです。何故でしょう?
右派にとっては非常に都合悪いからに外なりません。

followerを単純に訳せば「追いかける」の意もありますが、後に続くattached to the Japanese Army は同格でfor the benefit of the soldiersまでが名詞を構成しているのを考えると、「追いかける」chaseという軍と距離感のある意味合いではないことがはっきりします。
日本軍所属または日本軍専属ということなので、camp follower は基地の配下にある者、基地従者、基地使用人という意味でないと辻褄が合いません。単なる民間人ではないと言うことです。
秦郁彦氏は「日本軍所属の売春婦」と解釈しています。2015海外特派員協会での声明

要するに、業者が勝手に付いてきて慰安所を開いたのではなくて、軍の施設として慰安所は密接な関係があったと言う事です。即ち慰安婦は民間人ではなく、軍所属の「慰安婦」が将兵専門に営業していた施設である慰安所は軍付属であることを意味し、軍が関与しないとは実態としてありえない事です。 


また多くのウヨは"professional camp follower"のprofessionalはそのまま
プロとして訳していますが、
professionalは”専門”即ち軍隊専門の売春婦と訳すべきで、素人に対する売春のプロといったイメージを植えつけようとする意図が見え見えです。

同調書の初めの項目(徴集)には

「これらの女性のうちには、「地上で最も古い職業」に以前からかかわっていた者も若干いたが、大部分は売春について無知、無教育であった。」
と記されており、所謂プロの売春婦は若干しかいなかったということです。

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朝鮮人慰安婦の大半は「偽りの説明 を信じて、多くの女性が海外勤務に応募し、2、3百円の前渡金を受け取った。」という記述からもわかるように、ビルマへ送られた慰安婦は「素人」だったのです。 

 


ネトウヨは冒頭に述べたように都合のいい部分だけトリミングをし、それを根拠に慰安婦問題の総体を決め付けているというのはそういう主張をしているからです。

 

果たして慰安婦は高級取りだったのか2

果たして慰安婦は高級取りだったのか2


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山際澄夫氏は元新聞記者という経歴があるのにそんな疑問も無視してTVで単に大声で喚くだけとは情けない人だと思います。でなければ意図的に真実を追究せず、慰安婦の実態を誤魔化すために「募集広告」を悪意で利用しているに過ぎないのでは?と勘繰りたくなります。
それをネトウヨ諸君は「山際澄夫が金慶珠を完全論破」と絶賛している訳ですが、安っぽく論破とは言わずに私の疑問にも完全に答えて欲しいものです。
 
全ての慰安婦がそんな業者やブローカーに騙されたとも断定しませんが、慰安婦募集は軍の指示であったので官憲も取り締まりには非常に消極的だったのではないでしょうか?

何故なら日本軍が本格的に南方に進駐し慰安婦を大量に必要としてからは、朝鮮半島における悪質業者摘発の新聞記事が私の知る限り見当たらないからです。1941年以前の記事はよく見かけますが、ここはネトウヨ諸君の資料提示に期待します)

私のこの疑問に「慰安婦の応募者が殺到していたからアコギなことをする必要がなかったからだ」と説明するでしょうが、1941年以前と以降に何か慰安婦集めの制度がかわったのですか?
それまでは何故殺到しなかったのでしょう?

警察官の3~4割は朝鮮人だったので、業者と裏取引をしていた事も想像できますが、仮にそんな事があったとしても幹部は日本人です。日本の統治下であった訳で日本はその責任から逃れる事はできませんよね?
 
では実際に遵守規則を元に計算してみます。
 
仮に女性が50%を受け取るとします。
月2000円(「慰安婦と戦場の性」、P270秦郁彦)稼ぐには売り上げが4000円なければなりません。
どれくらいの兵隊を相手にしたら、これだけ稼げるでしょうか。
 
兵が支払う料金が一回(15~30分)1.5円だったそうです。
将校は規定料金以外に5円を支払い「将校になれば終夜利用出来た」と言われています。小野田寛郎氏(正論2005)
 
普通の慰安婦は4000円にするためには1ヶ月に2600人以上の兵を相手にしなければなりません。
月に30日働いたとすると、1日あたり86人!
1日が48時間あっても到底足りないでしょう。
(小野田氏は「内地人の娼妓の中には「一日に二十七人の客の相手をした」と豪語するつわものもいた。」
と証言しています。実際は多くてもそんなものでした。しかも休み無しにそんな事を毎日続けられたとは考えられません)
 
こんなデタラメな慰安婦高給説を掲載したのが産経新聞です。だからマスゴミと言われるのでしょうか。そしてそれを論拠に未だに2000円説をタレ流している無責任ネトウヨが多いのもおかしいじゃありませんか?
 
渡部昇一氏は慰安婦は「非常に収入が高かった。一説によれば、陸軍大将なみだと言われています。」と述べています。「一説によれば」という言い回しで主張するようでは全く説得力がありません。

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慰安婦問題の右派第一人者といわれる秦郁彦氏に至っては最近も日本外国特派員協会において、「一説によれば」どころかなんの裏づけ※も説明せず慰安婦が相手にする兵は1日平均5人と主張しました。そして「奴隷と言われる過酷な状況でなかった」と発言しています。

仮にそれが事実なら高級将校ばかり相手にしても、5人×30日=150人/月 5円×150人=650円/月、650円×5割=325円が建前上の手取りとなりますが、実際は兵と将校の比率からすれば、その半分にも満たないですよね。
自らの高給説を否定する結果になります。

※秦氏は1993年には日本軍の海外兵力を300万人と認識していました。ほとんどの研究者も終戦時の戦力を陸軍300万人としています。それが会見時には突然100万人と言い、それから導き出される数が5人と言うわけです。100万人なんて裏付けるものなんてありませんよ。
 
故・小室直樹氏は「軍女子特殊軍属服務規定」(ただし原本は焼却処分されている)を引用(孫引き)して「月給は、800円とありました。日給がおよそ70円だったということです。」と元軍医の証言(電話での聞き取り)を根拠に高給説を広めようとしました。

でもおかしいですね。慰安所の休日は月1回しかなかったのに、計算が合いませんよ。
800÷70=11.5日となります。
聞き取りミスか単純な誤記か証言者の勘違いでしょう。それぞれ年収と月給の誤りではないかと言うのが通説です。

上記の2者は資料や証言に関する信憑性の検証を怠っているのは明らかです。
どちらも簡単な計算ですぐにその矛盾に気づく筈ですから。所詮右派の学者とは思いつきで主張しているだけの、研究者としての資質に欠ける人達ではないかと思いますよ。

ただし高給を得ていたと思われる例があったかも知れません。将校が慰安婦を愛人として多額の金を貢いでいたケースが考えられます。何人かの慰安婦は比較的裕福で愛人として行動の自由も少しはあったかも知れませんが、それでも当然将校の給料より多くは貰えるはずがありません。それ以上と言うのは現在でもニュースになるような例で、将校が軍の金を横領していたか、業者から多額のワイロを得ていたかの場合しか考えられません。
でもほんの一部の例外を、しかも推測でしかない話をもっともらしく主張できません。

高給説を唱える人は軍ではそういった犯罪行為が日常的かつ頻繁に行われ、アニータ慰安婦が大勢いたとでも言うのでしょうか?
 

 「ミッチナ捕虜尋問調書」1944/10/1には、慰安婦一人あたりの売り上げが月「1500円」と記録されています。
(ただし記録された証言は日本人楼主のものと思われ、エビデンスも確認できていないので、水増しの可能性もあります)

またATISの調査報告書No.1201945/11/15 では慰安婦の売り上げ(gross)は最高1500円~300円/月で慰安婦は楼主に最低150円/月は支払わなければならなかったと証言が記録されています。

1500-300




建前上の手取りでも最高750円以下だったでしょう。どう考えても2000円と言うような額なんてあり得ません。
しかし現実には借金返済や経費として天引きされる金も多く、良くて手取り数十円だったようです。でも現地なら宝石くらいは買えます。
しかしそれも一日12時間以上、年間6~7000人もの兵隊とのセックスの代償です。
 
しかも支払いには軍票が使われたので、実際の日本円ではありません。
 
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そこでもうひとつの疑問、秦氏の主張は2,000円ですね。そして彼は慰安婦総数を2万人としています。研究者と言われる人の中でもかなり少ない見積もりです。
すると年収入24,000円×20,000人で1年間4億8千万円、4年で19億2千万円。雇い主の分も入れると38億4千万円、6年間ではなんと57億6千万円!

あるネトウヨのブログに「軍票は「軍用手票」の略語で、軍の物資調達などのために一時的に使われる通貨。日本も第二次大戦中に約45億円分を発行したが、終戦後に無価値となった。戦時中はビルマ(現ミャンマー)などの戦地に野戦郵便局、朝鮮半島などの植民地や占領地に外地郵便局が設けられ、軍人や現地住民らが貯金に利用した」と書いています。

ネトウヨの言い分をそのまま信じるととんでもない結論になります。つまり軍票とは慰安所のためにだけ発行されたことになります。ルピーならぬ「ピー」紙幣です。

これでは話にならないので、ここはネトウヨが毛嫌いするサヨク歴史家に登場してもらいましょう。
軍票発行高は219億円あまり(林博史教授「大東亜共栄圏」の実態)という見方があります。それにしてもその4分の1以上が慰安所支払いに充てられていた事になります。しかも慰安婦は多額の貯金をしたし、故郷へ送金したと言うのなら常識では考えられない、驚くような流通比率になります
また経済学者の小林英夫教授はその著書「日本軍政下のアジア-「大東亜共栄圏」と軍票」で194.7億円という説を唱えています。

さて話しを戻します。
現地の急激なインフレを考えると1942年以降は軍人や日本本土の給料と比較するのはナンセンスです。「月収300円以上」の募集広告が出されたのが1944年、実際の軍票価値は1942年とくらべ暴落していました。
 
更に戦局が悪化し転戦によって現地の兵にとっては価値がほぼ0になった軍票をチップとして無知な慰安婦に渡し、それを喜んで受け取り「よく稼げた」と錯覚した例も多く、大金を稼いでいたというのは、ほとんどがそういった金であったといいます。
 
軍事郵便貯金に多額の金を預けたという明細書残高26,145円文 玉珠さん名義)が残っていますが、内地の郵便貯金とは違い、ほんの一部しか送金出来ない、円に換金出来ないお金にほとんど価値などなかったとも言われています。

しかもその「貯金」を詳しく見ると1945年以前は大した額でないのに終戦間際に多額の貯金(1945年 4月~ 9月 20,860円)がなされた事がわかります。即ち先に述べた暴落軍票チップであると伺えますね。通常の売り上げ(軍が定めた料金)では一体何人の兵を相手にしなければならなかったのでしょう。

20,860円÷1.5円=13,900→取り分60%とするとその人数は6ヶ月間でおよそ23,000人(1日120人以上)!絶対にありえないし、大盤振る舞いの兵が多かったとしても兵の給料から考えたら、相手する人数を5割少なく見積もることすらできません。

実際は文玉珠さんの証言によると「1945年4月からは看護婦の助手をしていて、給料はなかったが、兵士がチップとして軍票をたくさんくれた」ということで、慰安婦の稼ぎとして20,860円を稼いだ訳ではありませんでした。
従って慰安婦としての2年間で5,285円貯金できたということです。 しかしそれも軍事郵便貯金(軍票)です。
 


軍事郵便貯金等特別処理法(昭和29年法律第108号) 
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S29/S29HO108.html

1945年8月16日以降の軍事郵便貯金価値(軍票)はマレー・ビルマの場合、3500円以上は432分の1の換算率となっています。
換算表で計算すると、文さんの貯金額は、日本円で3,215円となります。 
昭和29年の大卒銀行員初任給は、5,600円だったそうです。その1か月分にもなりません。 




しかし5,000円も朝鮮へ送金したと証言しているではないかという意見もありますが、
どこに5,000円も引き出された記録がありますか?どうして禁止されていた朝鮮への大金の送金が可能だったのでしょう?

許可が出れば横浜正金銀行で送金できたようですが、彼女の貯金が断然増えて来る頃、ラングーン支店は既に閉鎖されています。
送金がそれ以前になされたとしても横浜正金銀行は外為に特化した銀行であるので送金は上海支店の為替レートに従っていたはずです。



仮にですよ、軍票額面どおりに送金可能となれば、私なら内地から慰問袋で現地での換金商品を送ってもらい、ハイパーインフレ軍票を大量入手し、慰安婦や雇い主らと結託して実家へ莫大な金を送りますよ。
内地と100倍以上の差があったんですから3回でもやれば大資産家ですよ。

1回目に100円相当の品を送ってもらいます。それを売って軍票に代えると1万円になります。それを元手にまた品を送って貰い百万円相当の軍票を手に入れます。そして3回目は百万円×100=1億円!
仮に慰安婦らと折半しても5千万円。ホリエモンも真っ青な魔法の慰問袋。笑

こんな荒唐無稽な話と同じようなことを言っているのがインフレを無視した高給説のカラクリです。
ネトウヨ諸君はそんな事にも気づかないのでしょうか?

これは手元で貯めこんだ暴落軍票チップをそのまま「手紙と一緒に送った」と判断するのが妥当でしょう。
輸送船が沈没せずに無事朝鮮の故郷に届いたとしても家は建てられませんよ。換金出来ないわけですから。
彼女が苦難の末、帰国後「兄がろくなものに使っていなかった。」と豪邸の夢を裏切られ嘆き悲しむ姿を想像してみて下さい。無知ゆえの悲惨な結末に同情を禁じ得ないじゃありませんか?

額面だけでは判断出来ない事もあるのです。まさに高給説の落とし穴ですよ。
 
普通の郵便貯金と軍事郵便貯金とを混同して「慰安婦は相当な額の貯金があった」とするのは本質を隠す悪質な誘導と言ってもいいでしょう。
 
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1945年初頭のハイパーインフレでビルマの民族衣装(ロンジー)が7,000-8,000 ルピー・軍票円(ビルマにおける日本軍政史の研究」太田常蔵)したと言われています。26,000円じゃお洒落なドレス1・2着分ですよ。


軍票の乱発でインフレーションが起こるのはごく当たり前です。円の裏づけが無い紙幣であれば当然です。円に換金できるなら内地が猛烈なインフレに襲われるから、円への換金や送金も規制されたのです。
当然でしょう。為替というルールがなく、単純に軍票=円ならビルマじゃなくてもフィリピンへでもインドネシアへでも日本から円や高級換金商品を持ち込んでインフレ軍票に代えれば莫大な利益が得られ、誰だって大金持ちになれますよ。
 
南方経済処理ニ関スル件(三)昭和17年1月20日 閣議決定  で規定されたように当初から軍票では送金できませんでした。

「・・・慰安所を経営していたからといって、なんぼも儲かりゃしませんよ。第一、石炭缶に入るほどの軍票があったけれど、そんなもん一文の価値ものうなっとりましたからね。・・・」
「・・・慰安所の経営者が、まるで悪者のように言われますが、軍の命令だったんですよ。けっきょく私らも、戦争では置き去りにされたようなもんです。使い捨てっていうか・・・」陸軍参謀に頼まれて慰安所を経営したという「幸江」の証言


こういう話もあります
「最悪の戦場に奇蹟はなかった」(2002年、高崎伝、光人社)P378~379

「軍の女郎屋の女将が、軍票をリュックにドッサリ詰めこんで、兵隊といっしょに行軍していたが、ついに落伍して、 「兵隊さん……お金やるから、荷物持ってくださいよ」と、哀れな声で頼んでいたが、兵隊たちは笑って、「おばさん……もう軍票は役にたたんとバイ。みんな捨てっちまいなよ」 冷やかす賍隊たちを、女将はうらめしそうににらみつけていた。」

この記述はビルマ・シャン高原からタイへの逃避行途中の1945年4~5月頃の様子ですが、軍票価値を裏付ける証言というだけでなく、もうひとつの事実が浮かび上がってきます。
当の慰安婦は行軍に参加せず、勝手に逃げろと戦地に放り出されたのです。勿論それを窺わせる記述もあるのですが、軍の女郎屋の女将が慰安婦に担がせていないのを考えると、戦局悪化により慰安婦を放置したという明らかな証明にもなります。


「終戦後連合軍は軍票を無価値化した」と右派は言いますが、既に現地ではハイパーインフレにより実質無価値となっていたのです。
同じような証言は他にもあります。



「軍票や軍事郵便貯金が戦後価値が無くなったのは気の毒だが、なにも日本が負けると思って戦争した訳ではない。軍票を無効にした連合軍が悪いのだ」といった的外れな抗弁がありますが、果たしてそうでしょうか?
 
太平洋戦争開戦後まもない1942年3月首相官邸で次のような会合がもたれました。
大東亜建設審議会(占領地経営について財界との会合です)そこでの発言はあまりにも露骨です。
 
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「極端に言えば向こうから取ってきた資源は対価を払わんでもよろしい。タダで取る。出世証明で支払いは100年先でもよろしい。」満州重工業開発総裁 鮎川義介(日産コンツェルン創始者)

「日本を中心として搾取して行かねば続かぬと言うのはごもっともでありますが、そこは公明正大にカモフラージュすべきかと。」鐘淵紡績社長 津田信吾
 
政財界人以外に政府側は代表に企画院総裁鈴木貞一、岸信介商工大臣ら数人が参加しました。勿論財界の意向に沿った占領地政策がとられたのは言うまでもありません。
 

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日本工業新聞 1942.1.6(神戸大学付属図書館 デジタルアーカイブ)

当時の新聞でもその流れは確認できます。
「一、南方資源の開発に当っては能うる限り民間経済人の意見を重視し、且つこれを実行するとともに実際活動の衝に当らしめること、これによって日本は先ず必要物資の確保を図る。」 



この会合の意味するものは何だったのか?日本円を実質上使わずに物資を手に入れる手段として軍票を大量発行したことに外なりません。

南方経済処理ニ関スル件 国立国会図書館蔵
(三) 通貨ニ付テハ当初ハ現地通貨標示ノ軍票ヲ使用シ現地通貨ト等価ニ流通セシメ、情勢ニ応ジ逐次現地通貨ト軍票トノ機能ヲ調整シ其ノ統一ニ進ム方針デアル








後に岸信介は「侵略」だと断定しています。

慰安婦もその占領地経済構造の被害者になった訳です。発行当初から詐欺紙幣だった訳で、戦争の勝敗で価値が決まる性格のものではなかったのです。



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